第3話 落ちこぼれの連携と、もうひとりの異端児
リアムとティナは、学院の裏庭にある、誰も立ち入らない寂れた一角で、毎日のように顔を合わせた。二人の訓練は、まるで正反対の音を奏でるオーケストラのようだった。
「はぁっ、はぁっ…!」
ティナの訓練は、常に激しいものだった。腰に提げた大剣は、彼女の華奢な体には不釣り合いなほど大きく重い。しかし、彼女はそれを軽々と振り回し、木製の訓練用人形に何度も何度も斬りつけた。甲高い金属音が響き、汗が滴り落ちる。その姿は、一振りの剣に己の全てを賭けているかのようだった。
一方、リアムの訓練は、静寂そのものだった。彼は目を閉じ、精神を集中させる。脳内に広がる魔力の回路を、一本一本、丁寧に描き直す。無駄な分岐をなくし、魔力の流れを一本の太い線に集約させる。前世のゲームで、スキルツリーを効率的に組むように、彼は魔法の「詠唱」というプログラムを再構築していた。
「…《フレイム・バレット》」
彼の口から漏れる詠唱は、もう以前のような長々としたものではなかった。まるで、心の中で念じる言葉が、そのまま声になったような、短い、囁きのような音。その瞬間、彼の指先から放たれる火の玉は、以前よりも鋭く、そして速くなっていた。標的の木製人形に突き刺さると、わずかな煙を上げて小さな焦げ跡をつける。
「すごい…リアム、今の、詠唱がほとんどなかったぞ!」
ティナは、自分の訓練を中断し、目を輝かせてリアムの魔法を見つめた。彼女の驚きと称賛の言葉は、孤独な訓練を続けてきたリアムにとって、何よりも嬉しい報酬だった。
「ああ、魔力の回路を最適化することで、詠唱を短くできるんだ。まだ初級魔法だけど、着実に成果が出てる」
リアムは、わずかに頬を緩めて答えた。二人は、それぞれの得意分野で互いに助言し合い、成長していった。ティナはリアムの護衛役として、周囲の生徒からの嫌がらせから彼を守った。リアムは、ティナの剣技の欠点を見抜き、それを補うための魔法の使い方を提案した。
「ティナ、その大剣は重い分、振り終わりの隙が大きい。その隙を、俺の魔法でフォローできないか?」
「リアムの魔法は、まだ威力が低い。もっと素早く、敵の動きを止める魔法は使えないのか?」
互いに補い合う関係は、単なる友情以上の、確固たる信頼を築き上げていった。
そんなある日、学院では魔術師としての実力を試すため、特別な「迷宮実習」が行われることになった。これは、学院の地下に広がる人工迷宮で、実力に応じていくつかの階層に分かれ、そこに潜む魔物を討伐する実践的な授業だ。
「リアム、私たちも参加するんだろ?」
ティナが、興奮した様子でリアムに尋ねた。この実習は、実力が認められれば、特別奨学金を得るチャンスもある。彼らにとって、自分たちの力を証明するまたとない機会だった。
しかし、実習は三人一組で行われると告げられた。落ちこぼれとして有名なリアムとティナに、組んでくれる生徒などいない。二人は、余り物として、同じく実力のない生徒と組まされることになった。その生徒は、おどおどした表情をした、魔力も剣の腕も平凡な少年だった。
そして、迷宮実習の当日。リアムとティナ、そして組まされた少年は、地下迷宮の第一階層へと足を踏み入れた。
「大丈夫かな…俺たち、本当に魔物を倒せるのかな…」
少年は震えながら、周囲を見回す。その恐怖に満ちた瞳は、かつてのリアムと重なった。
「大丈夫だ。俺たちがついている。俺の魔法と、ティナの剣で、なんとかしてみせる」
リアムはそう言って、少年を励ました。その言葉に、ティナも力強く頷いた。
しかし、迷宮は彼らの想像以上に過酷だった。第一階層とはいえ、現れる魔物は想像以上の強敵だった。特に、大きな体躯を持つ**《ホーンド・ボア》**という魔物は、その突進力と分厚い皮膚で、彼らの攻撃をことごとく弾き返した。
「くそっ、効かない!魔法が…弾かれる!」
リアムの**《フレイム・バレット》**は、魔物の分厚い皮膚に当たると、まるで水滴が岩に落ちるかのように、小さな音を立てて消滅する。ティナの大剣も、その皮膚を斬り裂くには至らない。
「きゃっ!」
少年の放った魔法が、運悪く**《ホーンド・ボア》**の突進を誘発してしまった。少年は悲鳴を上げて転倒し、ティナが間一髪で大剣を盾にして、その突進を受け止めた。
「ティナ!危ない!」
リアムの叫びが、迷宮の壁に虚しく響く。彼女は必死に剣を押し返すが、魔物の力は圧倒的だった。リアムは再び魔法を放とうとするが、魔力効率化を施した魔法でも、この魔物を倒すにはあまりに威力が足りない。絶体絶命のピンチだった。
その時だった。
「その個体の角には魔力が集中する傾向がある!だが、その反面、腹部、特に第二肋骨のあたりは防御力が著しく低下する!」
迷宮の通路の角から、突然、声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのは、眼鏡をかけた、ひょろりとした体躯の少年だった。見覚えのある顔だった。彼は、いつも学院の図書館で、リアムと同じように古書を読み漁っている上級生だった。彼の名は、ライナス・クラウゼル。
「…ライナス先輩!」
リアムは、思わず叫んだ。ライナスは、彼らの窮地をまるで意にも介さず、淡々と続けた。
「通常であれば、そこを狙うのは困難だが、魔力効率化の理論を用いれば、少ない魔力でもピンポイントで弱点を突けるはずだ!そして、その隙に剣で仕留めろ!」
ライナスの言葉に、リアムはハッとした。彼は、自分の魔力効率化の理論を知っているだけでなく、それをこの状況に応用する完璧な戦略を提示したのだ。
「ティナ、今だ!腹だ、腹を狙え!」
リアムは、ライナスの言葉通り、魔力の回路をさらに精密に構築した。魔力を一つの点に集中させ、鋭利な刃物のようにした《フレイム・バレット》を、魔物の腹部、第二肋骨のわずかな隙間へと放つ。
「うおおおお!」
その一撃は、魔物の厚い皮膚を貫き、致命傷にはならないまでも、確かな痛みを魔物に与えた。魔物が怯んだ隙を、ティナは見逃さなかった。彼女は渾身の力を込めて大剣を振りかぶり、魔物の腹部へと一閃。
「このっ…!」
大剣は、弱点となった腹部に深々と突き刺さり、魔物は断末魔の叫びを上げてその場に崩れ落ちた。
「やった…!」
リアムとティナは、互いに顔を見合わせ、喜びを分かち合った。それは、初めての、そして最高の連携プレイだった。そして、この勝利は、彼らの力ではなく、ライナスの知識と、リアムの工夫、そしてティナの剣技が一つになったからこそ得られたものだった。
「…無詠唱か、やはり君だったか」
ライナスは、リアムの前に進み出ると、興味深そうにリアムの指先を覗き込んだ。彼の瞳は、知識への探求心に満ちていた。
「君の魔力効率化の理論は、私が研究している『古の書』の記述と酷似している。君さえよければ、私と一緒に研究しないか?」
ライナスの言葉に、リアムは驚きを隠せない。彼は、自分と同じように「古の書」を研究している仲間がいたことに、大きな衝撃を受けていた。
「君の理論と私の知識、そして彼女の剣があれば、私たちはもっと強くなれる。どうだ、リアム・グランヴェール」
ライナスは、にこやかにそう言った。彼の笑顔は、どこか奇妙で、しかし、深い知性と信頼に満ちていた。
「…わかった。よろしくお願いします、ライナス先輩」
リアムは、静かに頷いた。ティナも、その横で力強く頷いた。
こうして、魔術学院の落ちこぼれ三人組は、誰もいない裏庭と、図書館の片隅で、静かに、しかし確実に、世界を変える力を手に入れるための第一歩を踏み出したのだった。
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