第6話
朝、目が覚めたら、彼女はまだ寝ていた。
いつもと同じ寝顔。呼吸はゆっくりで、穏やかだった。
シーツからのぞく肩のラインが、妙に綺麗で、思わず見入ってしまった。
手を伸ばせば、触れられる距離。
だけど触れなかった。
ただ静かに、見つめていた。
起こさないようにシャワーを浴びて、
そっと部屋を出ようとしたとき、彼女の声が聞こえた。
「……もう行くの?」
振り返ると、彼女は目を半分だけ開けてこちらを見ていた。
「ああ。朝会議あるから」
「そっか。……また連絡する」
「うん。待ってる」
その“また”が、いつも不安だった。
次があるのか、本当はわからない。
でも、言葉にされるだけで、安心してしまう。
会社に向かう電車の中。
鷹野さんのことばかり考えていた。
どうして、こんなに引きずってるんだろう。
他にも女はいる。たぶん、普通に出会えば、まともな恋愛もできる。
それでも、なぜかダメだった。
他の誰かじゃ、埋まらない。
たぶんそれは、最初に惹かれた理由が、欲じゃなくて“孤独”だったからだ。
笑ってくれた。
名前を呼んでくれた。
優しくしてくれた。
それが、嬉しかった。
たとえ全部、誰にでもやってることだとしても。
夜。
彼女に、なにも理由をつけずにLINEを送った。
「今日は何してる?」
20分ほどして、返事がきた。
「特にないけど、疲れてる。会う?」
たぶん、迷っていたのは彼女も同じだった。
「行くよ。お酒持ってく」
「うん。待ってる」
“うん”というその返事が、
俺をまた、この部屋に引き戻す。
彼女の部屋の灯りは薄暗くて、
帰ってきたばかりのような空気が残っていた。
ソファに寝転ぶ彼女は、スウェットのままだった。
「ごめん、化粧も落としちゃってて」
「それがいちばん落ち着きます」
そう言うと、彼女は少しだけ笑った。
「……そういうこと言うと、私また甘えるよ」
「甘えてください。いくらでも」
そのやり取りが、嘘じゃなければいいのにと思った。
でも、たぶん半分は嘘だ。
それでも、かまわなかった。
「私さ、たぶん、中谷さんのこと……都合いいって思ってるよ」
急にそう言われた。
「わかってますよ。とっくに」
「……なのに、なんで来るの?」
「鷹野さんが、待っててくれるから」
「優しすぎ。バカだね」
「それでもいいです」
返事をしたとき、自分の中で何かがひとつ、諦めた音がした。
夜が更けていく。
隣に並んでテレビを見ながら、彼女は言った。
「……ねえ、中谷さん。
私のこと、いつか嫌いになってくれる?」
「……ならないかもしれません」
「……そっか。じゃあ、しばらくはそばにいてよ」
「はい」
そんな約束、どこにも書いてない。
でも、それでも俺は、ここにいた。
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