第5話
月曜、会社の帰り道。
歩きながら、スマホの画面を何度も見ていた。
彼女からの連絡は、なかった。
でも、通知が来るたびに胸が跳ねた。
駅の改札を抜ける前、思わず自分から送った。
「今週、またどこかで会えますか?」
送ってから、10分もたたずに既読がついた。
「木曜、ヒマかも。夜なら」
それだけだった。
絵文字もない。気遣いもない。
でも、心が軽くなった。
返信を返さず、スマホをポケットにしまった。
返信したら、バランスが崩れそうな気がした。
木曜、駅前の喫茶店。
彼女はいつものように現れた。
白いカットソーに、ベージュのカーディガン。
落ち着いた服装なのに、目を引く。
「ごめん、待った?」
「いや、全然」
「じゃあ入ろ」
今日は居酒屋でもバーでもなかった。
ただ、二人でコーヒーを飲むだけ。
なのに、心臓はずっと落ち着かなかった。
「中谷さんって、ほんとに優しいよね」
彼女はカップを両手で持ちながら、急に言った。
「そんなことないですよ」
「ううん。たぶん、すごく優しい。
でもそれって、自分のこと嫌いだからなんじゃない?」
「……」
「ごめん、変なこと言った」
俺は何も言えなかった。
図星だったから。
「今日、帰る?」
店を出て、夜風が当たる歩道を並んで歩いていたとき、彼女がそう言った。
家、来る? でも、じゃない。
“帰るかどうか”と訊かれた。
その言い回しに、一瞬だけ戸惑った。
でもすぐに、意味を飲み込んだ。
「……行きたいです」
「じゃあ、こっち」
彼女は先に歩き出した。
俺はその後ろを、また追いかけた。
部屋に着いたら、彼女は靴を脱いで、
無言のまま冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出した。
もう一本、こっちに投げてきた。
「飲むでしょ?」
「……ありがとう」
缶を開ける音が重なる。
乾杯もなし。ただ飲むだけ。
「ねえ、中谷さん」
「はい」
「……私のこと、ほんとに好き?」
「……たぶん、もうわかんないです」
それは本音だった。
答えを出そうとしても、出なかった。
でも、好きじゃないわけじゃなかった。
彼女はそのまま、ビールを飲み干してから、ソファに座った。
俺のほうを見たあと、ふと顔を背けて言った。
「……こういうの、やめたほうがいいよね。たぶん」
「……たぶん」
「でも、やめないんでしょ?」
「たぶん……やめられないです」
「……そっか」
それだけだった。
それ以上は、何も言わなかった。
夜が深くなるにつれて、
彼女の肌の温度が少しずつ上がっていった。
触れた指先は、相変わらず細くて、やわらかかった。
でも、どこか、虚しかった。
抱き寄せたのに、
全然、つかめていない気がした。
こんなに近くにいるのに、
距離がなくならない女だった。
寝る前、彼女が呟いた。
「……ねえ、中谷さん。
いつか、私のこと、本気で嫌いになったりする?」
「……それでも会いに行きますよ。たぶん」
その返事に、彼女はなにも言わなかった。
ただ、背を向けて、布団をかぶった。
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