第21話 画家ってクセつよ
セブンツリー神殿別館の応接室。
昼下がりの光が差し込む静かな空間。
オレはアマーリエと並んで面接官席に座りながら、ペンをくるくる回していた。
クライヴはいつもどおり壁際で直立している。完璧な警備態勢。視線が痛い。
「最初の方、どうぞー」
呼びかけると、扉の向こうから律儀な足音が響いてきた。
入ってきたのは、襟付きのシャツにグレーのベストを着た、きっちり整った青年。七三分けの髪に細縁の眼鏡。
――ああ、絶対マジメなやつだこれ。
「失礼いたします。アウレリウス・トリステと申します。アカデミー美術科を首席で卒業し、以後は教会や貴族のご依頼で宗教画を中心に――」
「ありがとー。そのへんの経歴はあとで見るから、まず座ってくれ」
「……は、はい」
堅さが声からにじみ出てる。まあ、しゃーないか。
にしても真面目そうなやつだな。しかも美術科の首席? 宗教画の依頼もこなしている……仕事あるなら、どうして面接に来たんだろ。まあいいや。
つーか舌もつれそうな名前の方が気になる。アウレリウス……アウアウって呼んでいい?
「で、今回頼みたい仕事なんだけど――看板娘の肖像画だ」
そう言うと、アウレリウスがピタッと固まった。
「……かん……ばん?」
「あー、説明いるよな。えっと、オレたちがいまつくってるのは、キャバクラっていう娯楽の店でさ。まあ、酒を飲みながら、綺麗な女の子たちとおしゃべりできる店、って感じ」
「…………」
無言。
完全に思考停止してる。
「んで、その子たちの絵を入り口に飾るわけ。この子がいるなら入ってみようかな~って、初めて来た人が安心できるように。あと名前と、簡単なキャッチコピーも添えるつもり」
アウレリウスの目が泳ぐ。
「……つまり……夜のお店の……女性の絵を……?」
「うん。でも適当な絵じゃだめなんだ。高級感と品があって、見た人の心が動くような一枚じゃないと意味がない」
「…………」
「初対面の相手にこの人に会ってみたいって思わせる一枚な。どうだ? 低俗って思うか?」
「……女性を……? 神々ではなく、生きている女性の、絵を……?」
「そうそう、とにかく美人に、色気盛ってな。これ、オレが描いたイメージね」
オレは自分で描いたサンプルを見せる。
「こ、これは……」
真ん中に女の子のバストショット。めっちゃ盛る。肌つやつやで目は大きめで、別人と言われないギリギリぐらいに盛る。
周りには花。花がありゃ華やかになる。キラキラも飛ばす。
でもあんまり派手すぎにはしない。男ってのは意外と地味なものが好きなんだ。
アウレリウスはぐっ、と眉を寄せ、眼鏡を押し上げる。
「い、いいんですか……? 実在の女性をモデルに、こんな際どい……」
「いいのいいの。宣伝用アートだから」
それに全然際どくねーよ。肩とかデコルテ出てるだけ。
「女性の絵を、堂々と描ける……宗教画とか言い訳をせずに……」
「お?」
「それにこの構図……視線誘導……背景の象徴性……色の引力も……!」
「おお?」
「――花と金箔の輝きで浮世を象徴し、人物の表情に理想の救いを描く。衣装の黒で欲望を引き締め、赤で誘う……陰影は三角構図で柔らかく包む……!」
「おおお?」
すげー! 何言ってんかわかんねー! でもノリノリだ!
「いや……これは……試練だ! 伝統と革新の間で、私はいま、絵の神に問われているッ!!」
目が完全に据わってる。スイッチ入ったな。
「……ぜひ! ぜひ私にその肖像画を描かせてください!」
「採用。よろしく、アウレリウス」
「……全霊を賭して描かせていただきます……! 芸術の新世紀を、我らの手で!! この仕事に出会うために私は生まれてきた……」
なんかカッコいいこと言って退室していくアウレリウスを、アマーリエはぽかんとして見ていた。
「あいつ、スケベだなぁ。スケベはいい絵を描くぞ」
「ユーリ様?! か、勝手な憶測は――」
「だってあいつ、実際の女の子の色っぽい絵を描けるってわかったとき目の色変わったぞ」
「驚いていただけです!」
「そもそもなんでこんなところに応募してきたわけ?」
「制作に行き詰っているようでして……新しい刺激を求めていたそうです」
「スケベ心もあっただろ。男は99.99%スケベだ。ま、実際に絵が出来上がってくりゃわかるだろ。はい、次の人――」
◆
……彼女が入ってきた瞬間、空気が変わった。
黒のロングドレスに艶やかな巻き髪――見た目からして夜の本命って感じの女性だ。
「はじめまして……マヌエラと申しますわ」
その声。
ささやくように甘くて、耳元に吐息がかかるような感覚。ゾワッとくるやつ。
おいおい、すげぇの来たな。
「さあ、作品をご覧いただけるかしら?」
マヌエラが机にポートフォリオを広げる。
ぱら、とめくられた一枚目で、オレの脳が反応した。
……なんだこれ。
絶妙な布のすき間、首筋に落ちる影、太もも伝う水滴……
全部ちゃんと着てるのに、めちゃくちゃドキッとする。
「……すげぇ。全然脱いでねぇのに、ドキドキすんなこれ……」
思わず頬杖ついたまま見入ってしまう。
横ではアマーリエが真っ赤になっていた。
「な、なんですかこれは?! な、なにを描いておられるんですか?! こ、ここは神殿でございますよ?!」
うーん、さすがにお嬢様には刺激が強いか。
「ふふ……私は視線の流れにこだわっているの。下から見上げたとき、どこに目が吸い寄せられるか――どんなラインに心が揺れるか……」
マヌエラは静かに語る。
……ああ、これは確信犯だ。
「使えるな」
「ゆ、ユーリ様!! 不敬です!! これはもう……! 芸術の冒涜……!!」
「んー? これが芸術じゃなきゃなんなんだよ?」
オレが軽く肩すくめると、アマーリエがぷるぷる震えてる。
「芸術なんてだいたい全裸だろ。この街にある絵とか彫刻とか、だいたい全裸か半裸じゃねーか」
わりとあからさまに。
なにもいやらしいことはありませんよ?って顔して並んでる。
裸の王様だったっけ。指摘したら自分がバカみたいで、誰も指摘できない感じ。
「あれは! モデルが、神々なのでっ! 人間ではないので!」
「……何その脱法理論。神様だからオッケーって、ただの言い訳だよなぁ」
アマーリエ、顔を覆ってぷるぷる震えている。
マヌエラは淑やかに笑っていた。
「んじゃ、採用で」
「ふふ……お手柔らかにいたしますわ。ユーリ様の肖像画も、ぜひ私に……」
「その件は後日協議な!」
◆
――面接後。
「いやー、アマーリエ。お前の人選さすがだな~」
「…………」
「おーい、アマーリエ?」
ん? なんかボソボソ言ってる?
「……しんで……しんでしまいます…………」
「いやいやホント! オレのセブンツリーに必要な、これ以上ない人選だって!」
やばいやばい! お嬢様には刺激が強すぎた!
「ユーリ様のあんなお姿が……描かれてしまうなんて……」
ん? もしかして見たいの?
それを言ったら爆発しそうだったので、肩をぽんぽん叩いてなだめる。
「だいじょうぶだって~。ほら、いい子いい子」
――まあ、そんなこんなで面接したやつ全員採用して、いろんな絵とか看板を描かせることになった。これでセブンツリーももっと華やかになるだろ。
◆◆◆
――三日後。
マヌエラからオレの肖像画第一弾が上がってきて、ちょっと笑いが零れた。
描くの早いな。どれどれ。
「……おーい。オレ、脱いでねーぞ?」
参考にしたいって言うからって執務中にデッサンは許した。もちろん普通の王子様服で。なのに絵の中のオレは、やけにはだけている。
腹筋と鎖骨、うっすら浮く肋骨の陰影まで丁寧に描かれている。ギリギリ見えないラインってやつを限界まで狙っている。
肌の質感とか、表情とか、なんかもう、ぶっちゃけエロい。
「いやぁ~、オレって罪な男だなぁ~」
アマーリエは真っ赤だった。
「ま、ま、まさか……そんな……ど、どうしてこんな……! ユーリ様、まさかこんな姿でモデルを……?」
「いやいや。画家が勝手に想像で描いたんだよ。疑うならクライヴに確認しろ」
あいつは四六時中オレを監視してるからな。
「でもまあ、出来は良いし、飾ってもいいんじゃね?」
「断固、反対です」
クライヴが言ってくる。アマーリエも賛同するように叫ぶ。
「こんなものを飾るなんていけません!」
こんなものって言うな。
「んじゃ、これ、誰かいる? オークションにでも出す?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえっ!! そ、そもそもこれは……! わたくしの私費で! わたくしが依頼して描いていただいたものですので!! 責任をもって、責任をもって保管いたしますからっ!!」
めっちゃ早口じゃん。
「へぇ~? じゃ、保管ってどこに? まさか部屋の枕元とか?」
「そそそそそんなことっっっ!! だ、誰がそんな、そんな、おそろしい、む、無理です、見られたら死にますっ!!」
慌てすぎだろ。かわいいやつ。
「大切にしてくれよ? アマーリエ?」
「…………っっ!!」
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