第22話 ついに来た、プレオープン!





 プレオープン当日。

 ――ついに来た、ミラージュの初お披露目。といっても、まだ練習段階の接客テストだ。

 オレは「初回のお客さん役」でドアを開けて入店する。


 そして、ホステスたちに向けて軽く手を振った。


「やあ。今夜はキミに会いに来たんだ」


 ――店内の空気が変わった。


 一瞬空気が張り詰めて、次の瞬間、全ホステスが雪崩のように押し寄せてくる。

 華やかなドレスに包まれた女の子たちに、あっという間に取り囲まれる。


「もしかして、わたし……?」

「いえ、私です。目が合いましたもの!」

「あたしのこと、覚えててくださったんですね……!」


 ――いや、全員ガチじゃねーか!

 営業スマイルの軽やかさゼロ。目が、恋する乙女のそれになってる。


「うーん、人気者だな、オレ」


 ……やばい。誰かひとり指名したら、残りの子たちが爆発炎上するのが目に見えてる。

 ここは華麗に方針転換!


「うそうそ、設定間違えた。今日のオレは初回客ってことで。いろんな子をつけてよ。指名は次回からってことで~。はい、黒服くん、案内お願い!」

「……承知しました」


 顔が引きつってるな、クライヴ。

 ――って、護衛に黒服やらせるなって? いいんだよ。離れないって言い張るなら、自然に紛れられる役を振るだけさ。


 案内されたのは、一番広くて上等なテーブル。

 貴族の接待用にデザインした特別席だ。革張りのソファはふかふか、テーブルには花が飾られてて、照明も絶妙な角度で演出してくれる。


 さーて、どうなるかな。


 わくわくしていると一人目のホステスがやってきて、二人目のホステスもやってくる。三人目、四人目……おい?


 オレのテーブルに全員集まってるんだけど?

 座れない子は立ってるんだけど?


 うん、見学だな。実際の接客の見学。熱心だな。プレオープンだからいいけど、本番でやっちゃだめだぞ。喜ぶお客様もいるかもしれないけど、それが基準って思われたら困るからな。


「ユーリ様、その髪型、素敵です……」

「はは、ありがとな」


 一応身だしなみには気を使ってる。王子様だしな。


 ――いや、先に名前聞け。オレは初回客だぞ。

 まあ緊張してるんだろうな、流そう。


 次の子は頬を赤らめている。


「ユーリ様の笑顔、キュンってしちゃいます……」

「それじゃ、キミだけ――……あ、やべ」


 ――その先を言いかけて、あわてて飲み込む。「キミだけのために毎日笑うよ」とか言ったら最後、戦争勃発だ。


「お仕事は何をされているんですかぁ?」


 よし、オレが初回客ってちゃんと意識してるな。そして練習の成果が出ている。

 仕事の話はお互いしやすいし、褒めやすい。


「こう見えて王子様」

「きゃーっ♡ すてき♡ わたしをお姫様にしてくださぁい♡」

「はは、大胆だね……」


 テンション高い……それに何だこの密度。


 テーブルはぎゅうぎゅうだし、座れない子も立ち並んで動かない。

 しかも全員、視線が熱い。


「いやぁ……オレって、罪な男だな~」


 冷や汗が滝のように流れ出る。

 これやばいやつ。

 もしオレが誰かひとりだけ見て話そうもんなら、戦争が始まるやつ……!!


「えーっと、オレと話したいのはわかるけど……いくらいい男が来たからって、全員で押しかけちゃダメだぞ! 他のお客様が白けるからな?」


 客&経営者の立場で注意する。

 だが、ホステスたちは引かなかった。むしろ寄ってきた。


「でもいまは、お客様はユーリ様だけですしぃ……♡」

「はい♡ だからいまは『ユーリ様タイム』なんです♡」

「みんな、ちゃんと『平等に』順番で喋ってるもん♡」

「――だからってこれじゃ練習にならねーよ! 散った散った! 順番、順番な」


 オレが言っても誰も離れていかない。

 ダメだこれ、練習になんねえ!

 別の男用意する!!


「おいそこのお前! 交代、交代だ!!」

「ええ~っ! 僕ですかぁ~!」


 本気で嫌そうな新人黒服くんを無理やり座らせる。


「座れ!! 魂で、接客される喜びを知れ!!」


 一瞬、テーブルが静まり返る。

 さっきまでの勢いはどうした……


「えーと、お仕事は何をされてるんですかぁ」

「キャバクラの黒服です」

「……すごーい、お仕事大変ですね」


 棒読みが過ぎる。もうちょっと感情を込めろ。尊敬の目で見ろ。


「……そ、そのネクタイ、すてきです……」


 オレをチラチラ見るな。客に集中しろ。黒服くんが泣きそうだろ。


「やっぱり僕じゃダメなんだァ!!」


 ほんとに泣いたァ!!


 オレは客役の肩をがしっと掴んで、みんなの前に立つ。


「お前らはプロになるんだよ! さっきオレに接したみたいにしろ!」


 おい、静まり返るな。


 しばらくの静寂のあと、オレはふっと息を吐き、微笑んだ。


「オレはな……お客様の心を癒す店を作るのが夢だったんだ。酒と会話で、ボロボロのやつらが笑って帰れる場所をな」


 ――ホステスたちの、目が、変わる。

 よし、ここでもう一押し。


「そのために、お前たちの力が――必要なんだよ」

「はい……♡ ユーリ様のために、頑張ります……」


 目がキラキラしてる。いい顔だ。


「うまくいかなくても気にすんな。お前たちが頑張りは、オレが一番よく知ってるからな」


 いい空気が流れる。信頼と絆のキラキラ空間の空気。


「……また落としてる……」


 バックヤードの方からアマーリエの声が聞こえてきたような気がする。

 いやいや、こういう信頼を伝えるの、大事なんだよ。


 オレはついでに黒服くんの肩も軽く揉んでやる。


「お前も、ダメなんかじゃない。備品の整理とか、掃除とか、すげー丁寧にやってくれてるもんな。細かいことを真剣にやってくれるのってすごく助かるんだぜ。感謝してる」

「……は、はい……♡」


 なんでお前まで頬染めてんだ?

 まあいいけど。


「……また、落としてる……」


 いやだから違うんだってアマーリエ。


「んじゃ、今日はここまで。最後に――何度も言ってるけど、絶対に客とは寝るな」


 その瞬間、店内に緊張が走る。

 これはホステス候補生と面談していた時から、何度も言っていることだ。


 王都のスラムでは、二回で客を取るタイプの酒場があった。この店も、最初はそういう認識でくる客がいるだろう。キャバクラみたいな酒とトークだけの店、この世界になさそうだからな。


「一人がルールを破ると、そういう店だと広まる。そうなったら、お前だけの問題じゃ済まねぇ。他の仲間も危険に晒すことになる。ここの子は落とせるなんて噂が立ったら、次に来るのは落とす気で来る客だ。落ちない子が、無理に飲まされたり、陰で手を出されたりしかねない」


 ゆっくりと、全員の目を見て――


「――だから、客と寝たやつは辞めてもらう。他の仕事についてもらうからな。これは、絶対のルールだ」


 強張った空気を吸い込んで、オレは軽く笑った。


「ここは夢を見せる夢だ。その夢のせいで、誰かが傷つくのは嫌なんだ」


 その時、ララが小さく手を挙げた。

 頷くと、おずおずと口を開く。


「でも、本気で好きになっちゃったらどうするんですか?」

「そのときは……客じゃなくなってからにしな。自分を大切にしろよ。あと、できればそうなる前にオレか誰かに相談してくれ」


 自由恋愛まで制限する気はない。

 ただやっぱり、辞めてもらうことにはなるだろうな。相手の男も嫌がるだろうし、トラブルの元だ。


 セブンツリーには働く場所が山ほどある。夜の仕事も、昼の仕事も。


「――よし。んじゃ、内装ちょっと変えるぞ。壁の一部、鏡にして、光をもっと取り入れる。あと、テーブル小さめのを増やして距離感演出なー」


 気づいたところは速攻改善していく。これがプレオープンの醍醐味な。この店、いい店になるぞー。




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