「忘れないで」


 翌週、私はある程度粉々になった骨たちを職場の破砕機用ダンピングボックスに放り込むと、その日一日は実に機嫌良く仕事をすることができた。


 職場が産廃処理業だとこういう時は大いに助かる。可燃コンテナに落ちれば向こうの処理場が高温で燃やしてくれる上に、多少骨を流したところで文句をいう同僚もいない。


 まだ気温が高かった頃は解体などと悠長なことも言ってられず、すぐに知り合いのアスファルト業者に連絡をした。


 今頃、云千度という熱処理で跡形もなく溶解された死体は、何処かの道路か建物にでも混ざっていることだろう。



『ああ、おりんさん。今日もお疲れ様です。僕、最近火葬と液化処理の業者と仲良くなる機会に恵まれたんですけど、良かったらおりんさんにも紹介しましょうか? こっちの事業もだいぶ調子良いですし、実は向こうもおりんさんとコンタクト取りたがってるんですよ』


『そうなの? 一応火葬の方はツテがあるんだけど、せっかくの縁だもんね。両社とも紹介してもらうことってできる?』


『もちろんですよ。向こうにも話つけときますね』



 付き合いの長い業者の友人はいつも格安で請け負ってくれる。今度ちーちゃんに言って、彼らの依頼も受けてもらおう。まあ実際依頼を受けるのはトナリさんになっちゃうかもしれないけど。



 白い息を吐きながら家の駐車場にバイクを停めると、ちょうどマヨコくんとチカマさんが部屋からでてきたところだった。


 二人とも何やら用があるようで、私はさっと仕事の荷物を部屋に置くと、別の物を手にとって二人の元へ急いだ。



「ちーちゃん、骨砕くの遅くなっちゃった。本当ごめんね」



 その呼びかけに、ちーちゃんは一瞬だけ動きをとめた。前回のように急な大声は出すまいとしているらしかったが、一過性のものでないと断言もできないのか、こちらの様子をうかがっているようだった。


 とりあえず出来上がった骨をジップロックに入れて手渡すと、網の目よりも細かくなったそれに目を丸くして驚いていた。



「いや、随分と綺麗に砕いたなあ。砂時計の砂並みじゃん。先方も喜ぶよ、ありがとう」



 彼女はそう言って、紙袋に入った煙草のカートンと焼菓子をくれた。


 焼菓子は行列ができる程美味しいと有名なお店で、そこに煙草が加われば私にはもう十分だった。それにちーちゃんが喜んでくれるならそれでいい。



「自分も遅くなってすんません。これ、約束のケーキです」



 どうぞ、と手渡されたそれを受け取ると、ケーキ箱の側面に印刷されたロゴを見て雷に打たれたような衝撃を受けた。



「え、此処が営業してるなんて珍しい。いつ行ってきたの?」

「今日です。出先で近くを通ったら久しぶりに営業していたみたいで。もちろん、おりんさんが好きなフルーツタルト買いましたよ」



 路地裏にひっそりと佇み洋菓子も売ってる珈琲屋さんは、営業していることが珍しいお店だった。そして外観からは決してお店であることが分からない。このお店を知ったのは割と偶然みたいなものだった。


 ケーキ箱から伝わるずっしりとした重みに顔を綻ばせると、そういえばと言いかけて二人の顔を見た。




「───今はなにか依頼を受けてるの?」




 マヨコくんは私の何かに違和感を持ったようで、一瞬だけ怪訝そうな表情をして、すぐにちーちゃんと顔を見合わせていた。驚きと少しの期待が入り混じった表情。



「おりん……、思い出したの?」



 私はなんといっていいのか分からず、思わず困った顔をした。思い出していないわけではないけど、どうしたって頭が痛くなると霞がかってしまう。


 ちーちゃんはそんな様子を察してか、とても優しく抱きしめてくれた。いつもみたいに勢いのあるものじゃない、優しい、優しい抱擁。



「良いんだよ」



 その言葉に一瞬涙が出そうになる。このことは憶えていられるだろうか。そのうち思い出す記憶としてではなく、明日も憶えていられる記憶として。



「今日は昨日よりも寒いねえ、ちーちゃん」

「そうだな」

「明日も寒いのかなあ」

「これから冬に近づくから寒いだろうな」



 ふふ、と小さく笑うと、彼女の胸元に顔を埋めた。心臓の音が一定の感覚で聞こえ、安心感から溜息が零れる。


 体はいつも無意識に動いていて、それは常に記憶のない私を補助していた。なのに本来の仕事を思い出しても、何を忘れているかはきっかけがないと思い出せないなんて。まったく、ばかみたいな話じゃないか。



「おりん」

「ん……? なあに」

「もう無茶しないでよ、お願いだから」



 こめかみに響く痛みに思わず顔を顰める。その切羽詰まったような言い方に、この人たちが絶対に自分を裏切らないことを何処かで確信していた。


 でもね、ちーちゃん。それは約束できないんだ。すぐに思い出せなくても──、私はこの人たちの為ならなんだってするんだから。



 そう、絶対に。







*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。



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