第15話:天才との交錯 - 決戦の地へ
夜の帳が降りたアメリカ、ニューメキシコ州の広大な砂漠。ロスアラモスの極秘施設は、闇に沈む大地に、まるで漆黒の怪物がうずくまっているかのようだった。その中に、世界を滅ぼす力を秘めた「悪魔の火」が息を潜めている。時雨悠真は、ただ一人、その厳重な警備網の外縁に立っていた。肌を刺す砂漠の夜風が、彼の外套をはためかせる。彼の魔導探知は、施設全体を覆う何重もの電子的な警戒網、隠された魔力感知トラップ、そして百メートルおきに立つ衛兵たちの微細な心音までを正確に捉えていた。
時雨は、目を閉じた。彼の脳裏で、施設内部の立体図が精密に構築される。核物質の最終調整が行われる中央棟、研究者たちの居住区、そして常に警戒されている核爆弾の格納庫。無数の情報が、彼の卓越した知性の中で瞬時に組み合わされ、侵入経路が確定していく。それは、いかに巧妙に仕掛けられたパズルであろうと、彼には一瞥でその解法がわかるかのようだった。彼の心には、成功への確信と、わずかながらも「この力が世界を変える」という重い覚悟が混じり合っていた。
その頃、施設の中央棟では、アダム・フォックスが、最後の実験データと格闘していた。彼の顔は、連日の徹夜でやつれ、目の下には深い隈が刻まれている。だが、その瞳には、真理を追い求める研究者の狂気じみた光が宿っていた。彼の研究室で続く不可解なエラー、そして日本の異常なまでの戦果。バラバラだった情報が、彼の頭の中である一つの巨大な像を結び、賢者の存在へと収束し始めていた。
「あの異常なエネルギー変動……日本の防衛網……。やはり、これは単なる物理現象ではない。意図された、何者かの干渉だ……」
フォックスは、書き殴られた計算用紙を握りしめ、自問自答する。彼の直感は、その「何か」が、今夜、この施設に現れると囁いていた。理由はわからない。ただ、確かな予感だった。彼の科学者としての信念が、未知の存在を証明するべく、激しく燃え上がっていた。彼は、グローブス将軍に増援を要請したが、将軍は「杞憂だ」と一蹴した。だが、フォックスは諦めない。彼は、自分の研究室から核爆弾格納庫へと続く、最も合理的な監視ルートを自ら確保し、厳重な警戒態勢を敷いた。
時雨は、施設の最外縁を突破した。彼は、異世界で培った空間操作の技術を応用し、警備システムの死角を縫うように、一瞬で姿を消し、再び現れる。衛兵の視界から、瞬時に消え去る彼の動きは、まるで幻影のようだった。彼の存在は、レーダーにも、赤外線センサーにも、そして彼らが設置した微弱な魔力感知トラップにも、一切反応しない。彼の目的は、完成したばかりの核爆弾を、外部に漏らすことなく、丸ごと「奪取」することだ。
深夜、時雨は核爆弾が格納された中央棟の最深部へと到達した。金属製の分厚い扉の向こうから、脈打つような核物質の波動が伝わってくる。それは、世界を滅ぼしうる、おぞましくも純粋な力だった。時雨が扉に手をかざそうとした、その時だった。
「――やはり、来たか……!」
背後から、声が響いた。時雨が振り返ると、そこに立っていたのは、疲弊しきった顔の奥に、狂気じみた光を宿したアダム・フォックスだった。彼の手に握られたのは、最新式の高出力レーザー銃だ。フォックスの呼吸は荒く、しかしその目は、初めて捉えた「未知の存在」を離さない。彼の表情には、長年の疑問が解き明かされようとする興奮と、そして目の前の「理解不能な現実」への深い畏怖が混じり合っていた。
「お前が……お前が、全ての異常の元凶か! 一体、何者だ!?」
フォックスの叫びが、厳重な格納庫にこだまする。彼の問いは、時雨の心臓に直接突き刺さるかのようだった。時雨は、彼の探求心と、それがもたらしたこの瞬間を、静かに受け止めた。二人の天才の運命が、核兵器を巡って、今、直接交錯したのだ。世界の命運は、この格納庫の中で、静かに、しかし確実に、その行方を定めようとしていた。
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