第二話 曜、虚仮にされて、秘密を知られる

 穹字こうじ

 それこそが、この世界においてもっとも尊ばれ、恐れられるもの。


 遥か大昔、栄えていた文化の名残だという、命が生み出す活力を文字という形にして力と為す……高名な武将や貴族なら確実に所持しているという異能。


 かの大詩人――あかつきあかりは力ある存在であり、文字の力をモノに込める事すら容易に出来る存在だという。


 彼女は詩そのものの評価で都でのし上がったと聞いているし、ジブンも出版された彼女の詩を読むだけで……貸し本屋で読んだ……大いに感動した。


 だけど、文字の力を扱えるほどに詩を極めたという事実も、彼女の名を上げる事を後押ししていたのは想像に難くない。

 目に見えない命の力を目に見える形で振るう事が出来る、というのはそれだけの影響力があるんだ。


 そんな人間から文字の力についてコツを学ぶ事が出来たのなら、こんなジブンでも様々な生きる道が生まれていくだろう……いや違う。


 村の実家を出る前、ジブンは考えてたんだ。


 今はまだ多少生活が上向いていても、この先農家として家族皆が生きていくのは難しい。

 結局の所農家は、立場が上である村長や領主に使われるだけの存在なんだよね。


 村長とつながりがある自分達であっても将来が確約されているわけじゃない。


 いつか生活が苦しくなる時は否が応でもやってくる。


 そんな時、重荷になるのは嫌だったんだ、ジブンは。


 そうなるよりは、自分一人で何処かで生きていきたかった。そう、詩でも詠って。


 いや、結局の所、自分はただ、詩を詠って生きていきたいだけなのかもしれない。

 誰もが夢見るような言の葉を並べ、紡いでいくという、自分にとって楽しいそれで生計を立て、心穏やかに生きていきたい、そんなワガママな生き方をしたいだけなのかもしれない。


 自身の本当の本音は分からないけど、当時の状況でいいとは思えなかったは確か。

 だから、都で試すことにしたんだ……ジブンの価値を。


 そんな人生の目標を立てたジブンは、少し興奮しながらも計画を始めた。

 収入を地道に貯めて路銀を確保したり、農具を弄って護身用の槍を作り、振るう練習をしたり……そうして一年かけて準備して、村を出た。


 家族からはやんわりと出る必要はないと諭されたんだけどね。

 それでも、ジブンは衝動を抑えきれなかったんだ……自分で言うのもなんだけど、若さだね、うん。


 それが、与王暦千二百十二年の事。


 そうして、ジブンは櫻那おうなという名の都に辿り着いた。

 様々な文化の中心であり、武力や実権こそ持たないけど、紛れもなく由緒正しきこの国の王が住んでいる事から。ただ『都』と呼ばれる事が殆どである場所に。 


 途中山賊に襲われそうになって生きた心地がしないときもあったけど、逃げおおせて、どうにか……いや、うん、生きのびられたのもそうだけど


 で、おっかなびっくり都を歩き回った結果が。


「駄目だね。まるで雅を感じない。田舎臭いにも程がある」


 という、憧れた大詩人・あかつきあかりからの嘲笑だったんだよね。

  

 高名な詩人というだけあって、彼女の所在は簡単に突き止める事が出来た。

 喜びと興奮から浮き足立ちながらも礼儀を忘れずに、持参金を持って詩人の屋敷を訪れて、ジブンは幸運にも彼女と面会できた。


 で、試しにうたを詠ってみなよ、と言われてね。

 試される事は予想済みの準備万端と、都に来た興奮をそのままに形にしたんだ。


 その詩は、自分が詠んできた中でも、指折りで出来が良いと思えるものだったんだけど……それに対する詩人の反応は、冷笑であり嘲笑だったんだよね――。


「まさに田舎者らしい、土臭い感性だね。

 いやいや、悪くないと思うよ? 

 ただ私の弟子としては、ねぇ?」


 そうして、詩人は周囲にいた護衛や自身の弟子達と笑い合った。


 いや、その、こういう状況も想定してなかったわけじゃないですけどぉぉ!

 辛いわ! 恥ずかしいわぁあ!


「服装や立ち振る舞いも、ちょっとね。

 まぁ村出身にしては頑張った方だけど。

 まだまだ勉強不足だね。

 え? 村出身だって何で分かったのかって? そりゃあ、ねぇ」


 そうして跪く自分を見下ろす大詩人は、見惚れながらも思わずすぐさま目を逸らしてしまうほどの輝きを放っていた。

 結わえ上げられた黒髪は艶やかで、それと対照的な白い肌、顔立ちはまさに眉目秀麗……ジブンの知る美人、村一番の器量良しでさえ隣に立てない、いや近付けもしないであろう存在。


 そんな女性に、哀れみの視線を向けられ、笑われる――いや、もう滅茶苦茶に居た堪れないよ、こんなん。

 思わず涙ぐみますとも、そりゃあ。


「おやおや、涙ぐまないでもらえるかな?

 まるで私が苛めているようじゃないか。

 ……ふむ、仕方ない」


 大詩人は懐から紙を取り出すと、人差し指から放つ光の文字でさらさらと何事かを記していった。


 噂の穹字こうじに違いない……正直、文字を紡ぐ様は美しくて、その瞬間は全てを忘れて見惚れてたね、ええ。


 そうして何事かを書き上げた大詩人はその紙を折り畳み、手紙としての体裁を整えた上でジブンにそれを差し出した。


「これは私の師匠である詩人……というより雑多な文化人というべきかな。

 ともかく彼女への推薦と案内を込めた手紙だ。

 彼女は変わり者だが、まぁ悪いようにはすまいよ。

 折角だから持参金の半分は私が受け取るが、その半分は彼女に渡したまえ。

 まぁ精々頑張るといい」


 そう言い残して彼女は悠然と弟子や側仕えを伴って去っていった。

 

 取り残されたジブンは、しばらくの間呆然とする他なかった。

 与えられた書状と、返された持参金を握り締めたままで。


 でも、結局そのまま天下の往来で座り込んだままじゃ、他の人の迷惑になってしまう。

 ……いや、たまたま通り過ぎた武士らしき方の馬に泥をひっかけられたから、とかではなく。

 

 そうしてジブンは大詩人たる暁灯の『紹介』によって、彼女の師匠へと会いに赴いたわけなんだけども――――。




「――――ほぉ。

 その身体……まさか、偽人ぎじんの末裔か?」

 

 ……数刻後。


 赴いた結果、汗と泥に塗れた身体を洗うこととなったジブンは、一糸纏わぬ姿――絶対に他人に知られてはいけない秘密を初対面の男性に見られてしまい、白目をむく羽目になったのだった……。

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