第14話

哲学する炊飯器、白米は生きている


朝――。

炊飯ボタンを押そうとした、その瞬間。


「……誠司よ。我に問う。米とは、何か?」


「え? 今、炊飯ボタン押しただけなんだけど……」


「米は、“命”である」

誠司の声を遮る、炊飯器の重低音ボイス。

その名もライス・フィロソフィカス。哲学型炊飯器だ。


「この白き粒は、幾千の田を旅し、泥と太陽を知り、人の手を経てここへ至った……それをただ“炊く”とは、あまりに無作法ではないか?」


「え……えーと、急いでるからとりあえず早炊きモードで……」


「貴様、今“早炊き”と言ったな?」


ゴウンッ……!

炊飯器が揺れた。完全にキレている。


「なぜ急ぐ? この“米の時間”より尊い瞬間が、貴様の人生にいくつある?」


「いや、会社の始業が9時でして……」


「言い訳とは、無知の叫びである」


ガッコン!と蓋が閉まる音。

勝手に**玄米モード(1時間30分)**が起動された。


「ちょ、おい……早炊きじゃなくて!? 今すぐ白米必要なんだけど!?」


「貴様の胃袋が空であるように、心もまた空虚なのだな……」


その言葉に、食器棚の**哲学スプーン(長老)**が泣いた。


「……ワシが若い頃はの、ガス釜で一時間は待ったものじゃ」


「おじいちゃん、それ戦前じゃん」

電子レンジのピーピー丸が冷めた声でツッコむ。


そこへ登場した、米びつのマイさん(お米の妖精)もブチ切れだ。


「ちょっと哲学してる場合じゃないわよライス! あんたのせいで誠司がカロリー不足になったら、午後に判断ミスして企画潰れるじゃないの!」


「黙れ、カルビ脳」


「誰がカルビ脳だってぇぇぇ!!!」


もはや炊飯どころではない。

炊飯器の中で、哲学と怒号と米のスピリットが交錯する。


「誠司。最後に問おう……貴様は、“炊く”のか? それとも、“育む”のか?」


「……ふ、育もう。俺の、人生とともに……米を……」


「うむ、よき返答だ。玄米モード、継続」


(どの道、玄米モードなんかい)


そして誠司は会社に遅刻した。

おにぎり片手に涙を流しながら。

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