第12話



洗濯バサミ独立戦争


「パチン……あっ……」


日曜日の昼下がり。

洗濯物を干していた俺、飯塚誠司(四十代独身)は、ついうっかり洗濯バサミを壊してしまった。


ポキリと折れた白い洗濯バサミ。何年も使ってきたプラスチックの寿命だったのかもしれないが――


「……あ、誠司さん。今、壊しましたよね?」


背後から小声が聞こえる。


振り向くと、残りの洗濯バサミたちが……こちらを見ていた。


いや、見てるわけない。洗濯バサミに目なんてない。……けれど、明らかに“視線”を感じるのだ。


「誠司さん……ドライ処刑ですよ」


「いえ、熱湯洗浄コースに送るべきです!」


「兄弟を……仲間を……パチンと殺すなんて……人間って、冷たいですね……」


ぐわっと押し寄せる“無言の糾弾”の圧。

気づけば物干し竿から吊られた洗濯物の影から、ぞくぞくと洗濯道具たちが顔を出していた。


ピンチハンガー、物干し台、バスタオルクリップ、そして――


「誠司さん……これは、宣戦布告と受け取ってよろしいのですね?」


異様に重厚な声が聞こえたかと思えば、そこには“洗濯物ネット長官”がいた。網目でできた頭部がブンブン揺れている。


「いや、ちょっと待って、違う、これはただの事故で――」


「事故……ですって?」


「誠司さん、それ、加湿器の水タンクにも言ってましたよね? “たまたま落とした”って」


「いや、加湿器は……ムッキン伯爵が倒したからで……!」


「伯爵を巻き込むなーーっ!!」


どこからともなく筋トレマシーンの声が轟き、ベランダが震える。


と、そこへ。


「やめなさいみんな……誠司さんを追い詰めても、壊れたバサミは帰ってこない……」


洗濯機の中から、深みのある声が響く。


「兄弟は、ちゃんと見送るべきだ……そして彼の罪は、次に活かすべきなんだ」


「洗濯機先輩……!」


「ありがとう……泣くな、柔軟剤ケース……」


その日、俺は壊れた洗濯バサミの墓を、ベランダの片隅に作った。

小さな花を添えて。合掌。


家中が見守る中、俺は一歩、大人になった気がした。


「……で、代わりのバサミ、ちゃんと買ってきてくれるよね?」


「忘れたら……今度は全員で干されますよ」


……やっぱり、俺はこの家の一番下っ端だ。

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