第11話

『ドアが通せんぼ ~帰宅戦争、開戦~』


 ただいま、と言っただけなのに。


 会社と家を往復するだけの誠司にとって、帰宅は唯一の安らぎ……だったはずだ。靴を脱ぎ、カバンを置き、ようやく一息――のはずが。


「おい! お前んとこ、今日開閉多すぎなんだよ!」


「はァ? こっちはリビング! 誠司の憩いの場所なんだよ!」


 家の奥から、ドア同士の罵声が飛び交っている。トイレのドアとリビングのドアが、まさかの口喧嘩中である。


 誠司は玄関で固まった。


「……ただいま?」


「ちょっと誠司、あんた聞きなさいよ!」

 開いたままのトイレのドアがガタッと揺れて、こちらに怒鳴った。


「このリビングがね、今日だけで十七回も開いたのよ? ちょっとおかしくない? 開きすぎじゃない?」


「おいおい、そりゃ誠司が水分とってる証拠だろ。お前んとこ、座って数分間閉まってるだけじゃん」


「それでも私はプライバシーの守護者なの!」


「うるせぇ、俺は団らんの門番なんだよ!」


 ガチン!と閉まりかけるリビングのドア。誠司が入ろうとすると、タイミングを狙って半ドアに戻る。まるでツンデレだ。


「……俺の居場所、ないの?」


 疲れ切った声に、ふいに台所の方から低音ボイスが響いた。


「誠司さん。冷たい麦茶でもどうですか……?」


 冷蔵庫のレイさんだ。穏やかで、どっしり構えた頼れる冷蔵庫。レイさんが冷気とともにドアを開けると、トイレとリビングがピタリと黙った。


「誠司さんに疲れを感じさせるとは、家の恥です……反省してください」


「チッ……だって、アイツが言ってきたから……」


「えっ? 先に言ったのはアンタでしょ?」


「反省!」


 天井から声が飛んだ。


「静かにしてくださいまし!眠れないですわ!」


 ベッドのクイーン=ネネ嬢が、寝室から優雅に怒鳴る。さらに――


「ふふん……そろそろ冷気、流しますわよ……」


 冷房のえあ美さんが、ニヤリと笑ったかと思うと、フロスト・ブレスよろしく冷風を噴射!


 ブォォォォ――!


「さ、さむッ! おい、やめろ冷やすな冷やすなって!蝶番固まるー!」


 ドアたちはガタガタ震えながら、一気に沈静化した。


「……落ち着いた?」


 誠司がため息混じりに聞くと、リビングのドアがギィ……と半開きになり、もぞもぞとしゃべった。


「しょーがねぇな……今日は特別に、開けてやるよ」


「それっていつも開けてるよね?」


「うるせぇ、そういうのは言うな!」


「まったくもう……」と呟きながらも、誠司は笑ってリビングに足を踏み入れた。


 ただいまと言うだけで、こんなにも賑やかな家――

 それでも、誠司にとっては最高の我が家だった。

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