ポンコツ家日記
チャッキー
第1話
『風呂が熱すぎる。家が言うには今日は熱血モードらしい』
俺の名前は飯塚誠司(いいづかせいじ)。
42歳、独身、営業職。
職場では「真面目一筋の誠司さん」、家では「座ってるだけで生活できる奇跡の生活者」。
……というのも、うちの家は“生きている”。
家具、家電、壁や床まで喋る、意思を持つ、情緒がある。
つまり、孤独ではあるが、ひとりじゃない。
そんな俺が、今――
「熱いッッ!!! 熱湯地獄かッここはァァッ!!!」
叫びながら脱衣所を転げ出た。
湯船に足を突っ込んだ瞬間、皮膚が焼けるかと思ったんだ。
「ハッハーッ!今日の誠司さんには熱血が必要だと思いましてね!!」
風呂場の中から、軽快に響くバリトンボイス。
この声の主は、浴槽の蛇口、
「誠司さん、最近のあなたには覇気がない。そこで今日は『男の大和魂温泉』に設定させてもらいましたァ!」
「やめろって言ってんだろ!!俺の足!足が赤黒く煮えてる!!」
「よう、やってんなァ」
壁にかけたタオルが、どこか楽しそうにひらひら舞う。
リビングからはテレビの大声援。
「誠司ぃ!そのままサウナ状態まで持ち込んで、水風呂インや!整えろ整えろ!」
「水風呂なんて無いわァァァッ!!」
叫びながら廊下を走れば、ドアが無慈悲に閉まる。
「ドアくん!?閉めるな!開けてくれッ!!」
「いや〜風呂場チームが頑張ってるし?ここは協力体制っしょ?」
「お前らグルかァァァァ!!!」
ベランダに面した窓がそっと囁く。
「……俺が脱出ルートを開けようか?」
「窓ェェェ!!! お前だけが俺の味方だ!!」
だが、そっと続く。
「ただし、パンイチで飛び降りることになるけどな……」
「…………」
沈黙。まさかここで、人生の選択肢に“パンイチで非常階段ダッシュ”が浮上するとは。
「誠司……私の上に座れば、少しは冷めるかもしれないわ……」
冷静な女の声がした。ソファだ。
だが全身ビショ濡れの俺が今そこに座れば、絶対怒られる。
「……誠司さん、これは我々からのエールなのです」
改めてバスサーモ閣下が語りかける。
「熱さは、情熱!灼けるほどの生き様こそ、男というもの!!」
「いまどき昭和かよ!」
「いえ、昭和92年です(※家独自カレンダー)」
もう、ダメだこの家。
⸻
――夜。
風呂からなんとか生還し、ソファに寝そべってアイスをかじる。
「……もう少しで茹で上がるとこだったぞ」
「だが、顔色がいい。いい湯だったろう?」
そう言って、冷蔵庫が氷の袋を放り投げてきた。
……こうして今日も、家族のような家と、なんとなく息をしてる。
喋る家具がいてくれる。
まあ、テレビは見づらいけど。
孤独死は、まずない。
⸻
【了】
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