12.これが本当のお先真っ暗
浮遊感と眩暈から解放されたアレスの目を開くと、鬱蒼とした木々に囲まれていた。
頭上を見上げると、見えるのは無数の葉っぱに覆われた枝のみだ。
光源は僅かな木漏れ日のみであり、視界は薄暗い。
「転移魔法で飛ばされたか。流石は吸血鬼、多才だなぁ」
空間魔法は専門性が高く、習得に多大な労力と適正を要する。
これ一つで一生安泰だが、それだけでプレアデス士官学園で教官は務まらない。
他の属性の魔法は修得が比較的容易と考えると、全属性の魔法を使えるかもしれない。
嗚呼、天才が羨ましい、妬ましい……
「さて、待ちに待った、実地演習の始まりだ」
パン、と手を叩き、ディトがアレスに呼びかけてきた。
いや、アレスだけではなく、一緒に飛ばされたティナとカリスにも語り掛けている。
「班員は固めつつ、班単位でランダムに飛ばしたってことかね?」
アレスの他愛のない問いに、ディトは首肯した。
「恐らく。演習開始と言ったのだから、Ⅰ~Ⅳ組の全員を同時に移動させたのだと思うよ」
「……そんなこと可能なのか?」
一クラスに生徒は四十人いるから、生徒は全員で百二十人だ。
そんな彼らをチーム毎に分別するということは、個人を識別していなければならない。
チーム一組一組を転移させるならば話は別だが、百人以上でそれを行うなど、常識的に考えればありえない。
「……カラクリは、校章だと思う。校章には、生徒の個人情報が登録されてるから」
ティナの説明は筋が通っているため、アレスは頷いて納得した。
「……加えて、個人を校章で個人を特定できるなら、生徒をモニタリングすることも可能」
「はぁん、よく考えられてるな」
アレスはそう感心すると、ふと疑問が一つ湧いた。
「待てよ? 校章を基に生徒の様子を見るとして、だ。校章を奪われた生徒はどうなるんだ? 行動も評価項目に入るんなら、見てもらえなかったら評価してもらえないぞ?」
「資格剥奪ということかと。校章を持っている間だけ、評価をするということですね」
次なるアレスの問いに事も無げに答えたのは、微笑むカリスであった。
気楽そうな彼女に、アレスはため息を吐く。
「簡単に言うな。校章失ったら、評価してもらえなくなるんだぞ? わかってるのか?」
「ははは、まさか。このメンバーで、そんな失態はありえないでしょう」
カリスの発言に、アレスとディトは苦笑した。
ティナは無表情だが、当然だと言わんばかりに腕を組んで堂々としている。
その様は頼もしさすら感じる。
「それでは行動開始、といきたい所ですが、これからの方針はどうしますか? どなたか妙案があるのであれば、是非ともお聞かせ願いたいですね」
カリスの呼びかけに、ティナが顔を逸らした。
ティナさん?
「……私からは、特に何も。私は数日に渡っての戦略を組み立てた経験がない」
その答えに、ディトは少しだけ眉を潜めた。
ついでにアレスも顰めた。
「参ったね。戦術ならともかく、戦略の指揮の経験なんてないよ。カリスも同様にね」
「……私は戦術単位の作戦の立案経験もない」
その答えに、ディトとカリスが苦笑する。
「まぁ、できなくはないけれど、ね? アレスはどうだい?」
突然水を向けられたアレスは、気負うことなくこう言い放った。
「(やったことないけど)任せろ」
なんとかなるさ、きっと、たぶん、おそらく。
☆
夜の帳が下り、森は暗闇に包まれた。
光源は木の葉の隙間から差し込んでいる僅かな月の光と、熾した焚火のみ。
焚火を囲っているのは、実地演習に臨んでいる一班。
班を構成しているのは、人間の男女とエルフの男女という、珍しい組み合わせ。
そんな彼らは焚火で囲って暖を取りながら、談笑をしていた。
「拠点の確保だけで、丸一日費やしてしまったな」
人間の男子生徒の独り言じみた呟きに、エルフの男子生徒が答えた。
「仕方ないさ。初めて来た場所で、どこに競争相手がいるかわからない状況の中、闇雲に捜索範囲をむやみに広げる訳にはいかない」
「地盤固めだろ? わかってる。俺も出鼻で躓きたくはねぇんだ。無茶はしねぇよ」
「なら、いい」
不貞腐れる彼に対して、エルフ男生徒は柔らかく微笑む。
「初日は準備に費やすのは、どこも同じはずさ。本格的に動き出すのは、明日からだろう」
そう言って、エルフ男生徒は視線を外し、女生徒たちへと視線を向ける。
彼女らは仲良く肩を並べて、料理をしていた。
その光景にエルフ男子生徒は、生暖かい視線を向ける。
「今日は、彼女たちの手料理を食べて、英気を養って一日を締めくくろう」
「ああ、そうだな」
良い光景だ。
少年少女が一丸となり、良き将来を勝ち取るために努力する、そんな青春の一ページ。
彼らはきっと、人生が良いものになる、と根拠のない自信で胸を満たしているのだろう。
だから。
だからごめんね、君たちの人生を棒に振らせちゃって。
風切り音が一つ走る。
次いで、焚火が搔き消えたことで、光源が失われた。
そして光源の消失がもたらすのは、暗闇である。
「これがホントのお先真っ暗てな」
「敵襲だ!」
「わかってるよ!」
不意の夜襲、突然の視界の暗転、唐突な第三者の声。
それらの不測の事態に見舞われても、彼らは闇を払うかのように、得物を振るった。
行動力は評価しても良いが……
「なぁに見当違いな場所に攻撃してんだ。無駄な行動はしない、基本だぞ?」
闇雲に放った彼らの攻撃は、空を切った。
そんな彼らの姿を、闖入者ことアレスは、はっきりと視界で捉えていた。
焚火を消す前に、アレスは片目を閉ざすことで闇に目を闇に慣らしておいたのだ。
「暫く寝ててくれ」
アレスは腰の剣を抜き放ち、無防備な哀れな二人の少年の首に峰打ちを見舞い、意識を刈り取った。
気絶して崩れ落ちて行く様を一瞥して、料理をしていた女生徒たちへと目を向ける。
「……こっちも終わった」
向き直った先には、既に女生徒たちを無力していたティナの姿があった。
「お見事。不意打ちとはいえ、人を気絶させるのは簡単じゃねぇ。やるじゃん」
「……片目で投げたナイフで光源を奪い、手早く二人を無力化した、あなた程じゃない」
ティナの返しに、アレスは苦笑する。
「称賛くらい素直に受け取れよ。俺のは単なる慣れだ」
「……慣れ、ね」
ティナの呟きに、アレスは肩をすくめた。
「俺としては、お前の使う魔法に驚いたよ。と言うか、この作戦はお前の魔法がないと成り立たなかったんだ。もっと胸張れよ」
魂魄魔法。
それが、ティナが作戦に貢献するために使った魔法だ。
生物は三つの要素で構成されていると言われている。
人格や記憶を記録している魂、生命活動の基となる魔力、そして魂と魔力の受け皿となっている肉体だ。
魂魄魔法は名前の通り、魂を操作する魔法だ。
この魔法は生まれ持った素質がなければ、絶対に使えない魔法の一つであり、修得の何度も高いという特徴を持つため、使い手が極端に少ない。
ティナは魔力で疑似魂魄を作り、動物の死体に埋め込むことで操作し、索敵を行った。
「視界の共有に意思の疎通、数は死体があれば幾らでも増える。便利なものだよ」
生まれてこの方、才能に縁がない人生を歩んできた身としては、羨ましい限りだ。
羨ましすぎて発狂しそう。
「……あなたは、この魔法に思う所はないの?」
ティナの質問の意図は、シンプルだ。
魂魄魔法は、最も忌み嫌われている魔法の一つとされているからだ。
この魔法の用途は、言ってしまえば死体の操作。
扱える死体は人間も含まれると言えば、忌避される理由の説明としては、十分だろう。
さて、そんな魂魄魔法に対するアレスの心象だが。
「別に? どんな力だろうと、結局は持ち主次第だからな。それで悪さをしてるならともかく、お前はしてない。それだけの話だろ?」
少なくともアレスは、力に貴賤などないと考えている。
そもそも、アレスの主な得物は毒を仕込んだ暗器という、殺し屋スタイルなのだ。
人のことをとやかく言える筋合いはない。
「……そう」
ティナも納得してくれたことで、この話は終わりだ。
「トータルで十班をノルマにしたが、ディトとカリスのペアは何班狩れた?」
アレスたちは、二手に分かれて他班に夜襲をかけるという作戦を立てた。
ティナの魂魄魔法で作った使い魔を四方八方に放って索敵、使い魔間で共有した視覚と位置情報で誘導、作戦の経過報告のやり取りまで行える。
万能かよ、羨ましい。
「……彼らは働き者。もう五班狩った」
「いいや、相手の詰めが甘いだけだよ」
そしていざ作戦を実行に移してみれば、拍子抜けも良い所だった。
初日は準備期間だと高を括り、見張りすら立てていない体たらく。
無論、全ての班がそうという訳ではなかったが、全体から見れば少数だった。
因みに、ちゃんとしていた班は襲撃対象から除外した、よかったね。
「……二手に分かれて本当によかったの? もし各個撃破でもされたら……」
「ははは」
ティナの懸念を、アレスは笑い飛ばした。
相変わらず無表情だが、常人であれば不満顔をしているであろう彼女に、説明する。
「ありえねぇ。襲撃対象は不用心な相手に絞ったし、お前の使い魔の索敵とあいつらの危機察知の両方を掻い潜れる奴なんざ、ソフィア位だ。そのソフィアは」
ていうか、と前置きをして、アレスは口を開く。
「この説明、話し合いの時にしたよな?」
「……リスクを気にすることが悪いことなの?」
「心配性だなぁ。割り切りも大事だぞ?」
ティナのように明確な人生設計を立てている身としては、失敗は避けたいのだろう。
気持ちは理解できなくもないが、それは杞憂というものだ。
「幸先は確かに大事だが、更に大事なのは維持・向上だよ。仮にここでこけても、取り返せばいいんだよ。考えても見ろ。まだ三年もあるんだぜ?」
「……一理は、ある」
ところで、とティナは話題を切り替えた。
「……あなた、何してるの?」
「何って。見ての通りだが?」
ティナの視界には、無力化した生徒らの晩ご飯に食べるアレスの姿しか映っていない。
山賊かな?
「……じゃあ、質問を変える。どうしてそんなことをしているの?」
頭の中で言葉を練り、選んだ末の質問であった。
例えやっていることが山賊そのものであったとしても、それを正面から指摘することは、ティナの良心がさせなかった。
「ディトたちが思ったより頑張ってるから、ゆっくり飯でも食おうかなって」
見たままの感想を叩きつけて、ぶん殴ってやればよかったとティナは後悔した。
その後悔の念に触発でもされたのか、アレスははっとした顔をしてから、笑顔を作る。
「安心しろ。俺だって欲張りじゃない。一緒に食おう」
「…………」
こんな男をどう信用しろというのだ。
☆
実地演習が、二日目の朝を迎えた。
今演習の実施場所は、プレアデス士官学園で学園長を務めるエピスの私有地である山。
毎年行われる演習は、エピスが星の数ほど保有している土地の中から選ばれ、引率の教官と地主であるエピス以外には秘匿される。
秘匿する理由は、二つある。
一つは、生徒たちに事前に対策を練らせないためだ。
事前準備の周到さもまた評価されるべき項目ではあるのだが、実地演習の目的はサバイバル能力と実地における経験を積ませること。
入念な準備をされた状態では、適正かつ満足な評価はつけられないのだ。
そしてもう一つが、生徒たちの安全のためだ。
プレアデス士官学園に入学している生徒には、要人の子息や令嬢が多い。
故に彼らを狙う不届き者は多く、学園外で行事を行う際は、細心の注意を払う。
そして生徒たちの安全のために、引率をする教官が交代で二十四時間経過を観察し、トラブルが発生したら教官が即座に駆けつけるというシステムまで用意する徹底ぶりだ。
それらの事情故、演習の経過を観察していたアルジェイルによる、経過観察の感想は。
「なんということだ、なんということだ、なんということだ……」
頭を抱えながら嘆くことしかできないという、悲惨なものであった。
「今年はある程度の波乱は覚悟していたが、始まって早々こうも荒れるとは!」
例年の実地演習は、初日は様子見や地盤固めとなるのが、半ば定番となっていた。
初めて訪れた土地故に土地勘はなく、生息している動植物も不明。
そんな状況で、演習が開始した早々に他班と交戦するなど、リスクが高すぎるからだ。
一応、少数ながら初日から積極的に他班を襲撃する班もいたにはいたが、そのほとんどが返り討ちにあってきた。
「だと言うのに、まさか、初日で十八もの班が狩られようとは……」
こんな異例の事態を引き起こしたのは、二つの班であった。
一つは勿論、アレスが率いる班。
アレスとティナ、ディトとカリスという組み合わせで二手に分かれ、警戒の甘い班へ片っ端に夜襲をかけることで、十班の校章を強奪した。
そしてもう一つは、誰とも班を組まず、たった一人で演習に参加したソフィアだ。
彼女のやったことは、シンプルであった。
魔法で索敵して、手近な班へと歩み寄り、正面から堂々と宣戦布告しただけだ。
とは言えソフィアを知らない生徒などおらず、誰もが降伏し、校章を差し出していた。
彼女は、これを八回繰り返しただけ。
「常識が通用しないのは、師匠譲りという訳だ。演習は大荒れだ!」
「いやぁ、あんたの荒れ具合も負けてないと思うぜ?」
あくび混じりにアルジェイルに声をかけたのは、彼の同僚であるアルドスだった。
相変わらずの気だるげな態度に加え、寝癖まで付き放題という、誰に見せても恥ずかしい姿である。
「……起きたか、アルドス。今年は本当に滅茶苦茶だ。我が輩は今から不安でたまらんよ」
「珍しいなぁ、旦那が弱音を吐くなんて。ま、無理もねえか。ソフィアの面倒を見るなんて大役を背負ってるもんな」
アルドスの軽口に、アルジェイルは憂鬱そうに口を開く。
「もう一人だ」
「は?」
「何があっても、無事に学園に帰さなければならない生徒が、もう一人いる」
「……それ、誰?」
アルジェイルの言葉に心当たりはなく、アルドスは首を傾げた。
そんな彼をいっそ哀れに思いながら、アルジェイルはもう一人の生徒の名を口にした。
「アレス・エッスベルテだ」
「ああ、あのクソガキね。俺の講義で爆睡かましてるのを見た時は、殺してやろうかと本気で思ったよ。そんな要人だったのか、危なかったぁ」
「……絶対に、手を出すなよ。彼は、あの『剣王』の直弟子だ」
アルドスの顔が、凍り付いた。
そのまま数秒固まった後、ようやくく口を開く。
「嘘だろ? 『剣王』と学園長は、犬猿の仲なんだよな? なんで、その弟子をウチに?」
「わからん。だが言えることは、我らが学園に、また一つ爆弾が増えたということだ」
「……ちょっと待て! なんでそんな爆弾を俺のクラスに入れた!?」
「……運が、なかったな」
「嘘つけぇ! あんたの腹いせだろ!?」
アルジェイルは僅かに目逸らし、話題の転換を図る。
「兎に角、だ。絶対に気を抜くんじゃないぞ。ソフィア嬢とアレス君。どちらか片方だけであっても万が一があれば、世界の危機だ」
「怒り狂う『五英傑』かぁ。笑えねぇな?」
アルドスは乱暴に頭を搔きむしった後に、ため息を吐く。
「このこと、ギュルティの坊ちゃんは知ってるのか?」
「……いいや、知らん」
「おいおい、共有しておくべきだろ、これは」
「彼は、ソフィア嬢に、色目を使っているんだぞ」
「……あー、あー、そゆこと? 詰まり、小僧にも取り入ろうとするかもってこと?」
ギュルティがソフィアに言い寄っている事実は、学園内ではそれなりに有名だ。
勿論エピスも知っているが、彼女は絶対になびかないと確信しており、放置している。
周りはエピスに倣いつつも、間違いが起こらぬよう見守っているというのが現状だ。
「剣王の権力者嫌いは有名だ。学園長のように放置するとは限らん」
「頭痛ぇ……」
アルドスはそう愚痴をこぼしてから、アルジェイルが魔法で作り出した画面を覗き込む。
「それで、件のお二人は今どうしてるんだ? 何事もなく、大人しくして欲しいもんだが」
「……逆だ。彼の二班によって、十八の班が校章を失っている」
アルジェイルの言葉にアルドスは少し目を丸くして、頭を振る。
「大荒れじゃねぇか。ガキの方は知らんが、ソフィアは演習に精力的じゃなかったよな?」
「演習が始まる前日から、少し浮かれているような姿を目にしていたが、それだろうな」
「原因は?」
「知らん」
アルジェイルの端的な返しに、アルドスは舌打ちをした。
「調べとけよ。使えねぇ」
「貴様は、気づいてすら、いなかっただろうが!!」
アルジェイルの慟哭に対して、アルドスはどこ吹く風。
こんな人格故にアルジェイルは、このエルフが嫌いなのだ。
「チッ。ところで、ギュルティ教官はどうした? もう起きてる筈の時間だろう」
「あん? まだ顔を合わせてないのか? 俺が起きた時にゃ、もう寝床にはいなかったぞ」
「……なんだと?」
――――――――
アルジェイル「胃が痛い……」
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