第17話 怪異討伐隊
ときを遡り、一週間前。場所は穢土城。
ずっしりと重い夜の闇に包まれた詰め所では、燭台の火がゆらめく。不吉な知らせが舞い込んでいた。
「なにっ!?死者60人だと!?」
軍服に身を包んだ男たちがざわめき、膝立ちになってその知らせを受ける。
「はい。地主を始め、花散里の者の殆どが何らかの怪異に襲われ、死亡したとのこと。遺族とともに調査中の役人は怪異の存在に慣れておらず、我らが怪異討伐隊へ上様から調査命令が出ております。原因と現況の怪異の正体を報告せよとのこと」
「死者の数から穢土への影響を案じておられるのだろう」
ざわめき立つ大勢の男達の中でも、ひときわ声が通る。発言した男は大小を腰にさし、ゆっくりと立ち上がった。
「皆のもの、ゆくぞ」
ざっくりと切った短い黒髪。帽子のせいで表情はわかりにくいが、ちらりと覗く黒眼は殺気を帯びギラッとにぶく光っていた。
「ゆくって、これからですか!?」
隊員の一人が声を上げた。夜明けを待たずして出発するのかと問うているのだ。
「あたりまえだ。花散里は馬で駆けても5日はかかる。道中での不測の事態を考えても今すぐ出陣するより他にない。――一刻も早く、上様に安心いただかねば」
そう言うと、男は部屋を出ていった。
「なんだか隊長、気合が入ってるな」
「臭うんだろうさ。鬼の匂いが。隊長、敵のなかでも人殺しと鬼には容赦しないからな」
廊下で隊士たちの声を聞きながら、隊長と呼ばれた男は帽子を脱いだ。ふわり、髪を風に遊ばせ、月を見上げた。
「どこに潜んでいる? 人斬り龍胆」
その声は、枯れ葉の乾いた音にかき消されていった。
「・・・まだ痛みますか?」
雪は龍胆の胸元に包帯を巻きながら眉をハの字にした。
「いや、もう傷口は塞がったよ。包帯はもういい、雪。巻きすぎだ」
龍胆は着物に袖を通す。逃げるように雪から離れた。
骸屋との戦い後、屍食鬼の館へ戻ってきた龍胆と雪は、寝ぼけた菫に迎えられ、ようやく一息ついていた。
朝日が昇り、もう昼過ぎだが、雪が降っているせいか、がしゃどくろの氷の結晶は溶けなかった。雪はというと、体に異変も感じていないらしい。
「雪お姉ちゃんは、ぼくとおんなじあやかしになったの?」
菫がうきうきと雪の膝に身を乗り出してたずねる。龍胆はその頭をパンッと叩いた。
「喜ぶな。雪が特殊な能力を持ったのは、仏花のゆりを食したからだ。だがこの俺が副作用の危険も知らずに十年かけて探したと思うかね? 雪は人間だ。少々あやかしを成仏させられるようになったけれどね。人間として生きるのに問題はないだろう」
菫は頭を撫でて「ぼうりょくはんたいっ!」とさけぶ。そしてがっかりしたように唇を尖らせた。
「じゃあ、もう雪お姉ちゃんと『ちゅう』できないんだ・・・」
龍胆は「雪と口づけしたのかっ!? このマセガキ!」と菫を追いかけ回す。「昔からほっぺにしてもらってたもん!」と鼻高々に言う菫。
だが、雪の周りだけ空気が重かった。
「・・・・・・わたし、お嫁に行けないのかしら」
雪は涙目で胸に手を添える。そっと唇を指でなぞった。龍胆は菫の頭を鷲掴みにしていた手を離す。膝を折り、雪の肩に手を添えた。
「ゆき。泣くな。人間の嫁にはなれるだろう」
「わたしは龍胆さまと結婚したいのですっ」
肩の手を振り払い、雪は叫んだ。
「どこにもいかないとおっしゃったじゃありませんか! わたしは、一生」
雪は、竜胆と視線を絡ませる。手を握り、引き寄せた。
「一生、ここであなたと暮らすつもりだったのに・・・」
「う」
龍胆は目を見張る。だが、雪の絡めた手を離し、膝へ置かせた。
「鬼と人間が結婚などありえない。最初から、俺は君を人里へ返す気だったんだ。・・・君は健康になった。もうここから出ていってもやっていけるだろう。その唇は、鬼よけにもなる。安全に、これからは生きていける」
立ち上がり、一度も目を合わせず、龍胆は廊下へ出た。雪は立ち上がり、転びながらも懸命に叫んだ。
「一緒にお出かけしたじゃありませんか。何度も抱きしめて、共にいようと言ってくれたじゃないですか!」
(龍胆さまのばか。うそつき)
雪はぽろぽろ涙がとまらない。ついには泣き崩れてしまった。
取り残された菫も振られたことを悟り、雪のそばを離れ、縁側へ出る。普通の猫へ変化すると、ばっとどこかへ駆けていった。
雪はふらふらと花散里の山道を歩いていた。両脇にあるのは赤い帽子を被ったたくさんの地蔵。ここは花散里の墓地であった。数ある墓石の上には雪がしっとりと積もっている。
痛々しい涙の跡がのこる頬を、冷たい風がなぶる。足は積もった雪で冷やされ、感覚がない。
それでも歩くのをやめず、たどり着いた場所は、小さな石を積み上げたような墓だった。
雪の両親の墓だ。
雪はおずおずとその場にしゃがむと、墓石に積もっていた雪を払い、語りかけた。
「お母さん。お父さん。わたし結婚できなくなったよ」
無論、返事はない。しんしんと降る白い雪がすべてを覆い隠していく。――はず、だった。
「結婚、できなくなったのか?」
知らない男の声。それもよく通る。
雪はビクッと体を震わせ、後ろを振り返った。
見知らぬ男が立っていた。
白い傘をさしている。軍服に身を包んだ姿は、カラスの化身と言ってもいいほど、しなやかな品格と不気味さを漂わせていた。
(軍服・・・? なぜこんな山の中に)
雪は瞬き、同時に妖怪にでも出くわしたような気持ちになっていた。
(間違いなく、一般人ではないわ・・・)
娘の訝しげな顔を無視して、男はひょうひょうと近づいてくる。逃げようとまごまごしているうちに、男は雪の隣に片膝をついた。
おもむろに帽子を脱ぐ。
「あんたの両親の墓か?」
「は、はい・・・」
「そうか」
男は手を合わせる。そこには真面目な敬意が見て取れて、雪は肩の力が少し抜けた。
やがて男は顔を上げ、帽子を被り直すと、雪へ立ち上がるよう促した。
(何がしたいのかしら)
手を差し出され、無視するわけにもいかず、おずおずと取れば、強い力で引き上げられる。そこで雪はようやく、男の顔を見上げた。
痩せこけた龍胆より、体はがっしりとしている。通った鼻筋、カラスの羽のようなざっくりとした黒髪。黒眼(くろまなこ)は氷のように冷たい温度をしている。だが墓に手を合わせてくれたあたり、見た目と中身は違うのかもしれない。
(龍胆さまと少し似ているわ)
見た目は亡霊のようでも、心は暖かくてやわらかい。どこかしら雰囲気に共通点が見て取れる。
「この里の人間か?」
男は手を握ったまま、雪にたずねた。やたらと距離が近い男だ。雪は視線をさまよわせ、結局自分の手を握る男の手袋を見つめた。
(この手袋、どこかで・・・)
雪は内心首を傾げたが、「はい」と答えた。
「だったら気をつけたほうがいい。例の屍食鬼の事件は聞いているだろう。女がひとりでうろちょろするのは、いささか不用心だ。たとえ失恋していても、だよ」
最後の方はちょっと鼻で笑われた。雪はむっとした。
「あなたには関係のないことです。・・・それと、そろそろお手を離していただけないでしょうか」
男はクスッと笑うと、雪の手を握ったまま、冬空を見上げた。
「私にも妻がいたが、あんたと一緒で病弱でね。新婚生活も長くは続かなかったが、短い時間、幸せを教えてくれた女だったよ」
「なぜ、わたしが病弱だと?」
雪は後ずさる。
男はさらに一歩距離を詰めると、今度は反対の細い腕を掴んだ。
「この細腕。軽すぎる体。白い肌も、ずっと屋内にいたからだ。簡単すぎる推理さ」
「わかりましたから、あの」
「昔の知り合いも、こんなふうにガリガリだった。栄養失調の体は見慣れている」
男は是が非でも雪を逃がす気はないらしい。雪の肩を遠慮なく抱く。そのまま傘の下へ連れ込むと、山道を下り始めた。
「あの、どこへ・・・?」
「時期に日が暮れる。家まで送ろう」
――家・・・?
雪は足がもつれた。「どうした?」と尋ねられたが、そっけない龍胆の顔が離れない。
「・・・家には・・・帰りたくなくて」
「ほう。それはなぜだ? ひょっとして、あんたをふった男が居座っているとか?」
雪はこくんとうなずく。微妙に違うが、今はどうでもいい。今は龍胆のそばを離れたかった。
「それじゃ、私の止まっている宿にくるか? 料金は私が持とう」
「え?」
雪はぎょっとして顔を上げる。本当に考える暇を与えない。男は含み笑いをしていた。
「心配させてやればいい、そんな男。私の直感だが、まだあんたに気がある気がするしな」
「そうでしょうか。でも、さすがにそこまでしていただくわけには・・・」
「気にするな。これも仕事だ。この村の貴重な生き残りに話を聞かねば。特に、若い女をあやかしは好むから」
最後の言葉であやめを思い出した雪はゾッとした。男は勝手に名乗る。
「申し遅れた。私は穢土から派遣された怪異討伐隊の隊長、佐々木 白木蓮(はくもくれん)という。よろしく」
そして、男は歩みを止めると、雪の肩にぐっと力を込めた。
「ね? 庄屋の代わりに生贄に出されたのになぜか生き残っている『雪さん』。あんたは貴重な生き証人だ。いろいろとしゃべってもらいますよ」
雪のはく白い息が消えた。
白木蓮は木々の間から気配を感じ、眼球だけ動かしそこを見る。
――鬼の気配。
にやりと笑う。震える雪を見せつけるように白い傘をくいっと上げた。
(獲りに来い。この私から奪ってみろ。――この白雪(はくせつ)へ首が飛ぶ、その覚悟があるのなら)
鬼はそれでも飛びかかって来なかった。
茂みが動いた。
やがて、鬼の着物が現れる。
白木蓮は息を呑んだ。
遠い過去に捨てたはずの記憶の中にある顔。
だが、全く知らない顔。
風に舞う白い髪。――長い前髪から覗く真っ青な瞳。
刹那、突風が吹いた。
白木蓮と雪は足を止める。なにかあったのかと雪は戸惑った。
そこに、鬼の姿はもうなかった。
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