第12話 純白の振り袖

「坊や。買い出しに付き合ってくれ」


龍胆は編笠を目深にかぶりながら言った。外出するときはいつも、正体を気取られぬよう気を使っている。白い髪も青い瞳も目立つからだ。


髪をきっちり束ね、編傘の中にしまい込むと、龍胆は「しかたないですね」と妙に大人ぶる菫の手を引く。


玄関の戸を、閉めた。



街を歩けば、振袖姿の町娘たちが楽しそうに隣を通り過ぎていく。


(そういえば、雪に綺麗な着物を着せてやったことは、なかったな・・・)


あの頃、雪はまだ小さかったし、やんちゃ盛りだった。絹の着物より、洗い替えがきく方が子育ては楽なのだ。

でも、今はもう、大人の女だ。

この穢土中の誰よりも美しく、成長している。


(綺麗になった)


すると、龍胆の心を読んだかのように、菫は言った。


「ゆきお姉ちゃんだったら、もっとあのふりそでをうつくしく着こなすのに、ですか?」


龍胆はむせた。


「きさま、何を言って!?」

「どうせいのかんがえることくらい、おみとおしです」


菫は目を平べったくして嘲笑した。


「あなたはぼくがみてきた人間のなかでも、ずばぬけてめんどうくさいおとこですね。すきなのに突っぱねたり、がまんできずにつなぎとめたり。――ゆきお姉ちゃんはぼくのおよめさんになるので、こうつごうですが」


「誰が君にやるか」


龍胆は苛立ちを抑えて余裕ぶる。動揺したのは気のせいだ。


そのままの勢いで、彼は呉服屋へと向かう。


「やっぱり、めんどうなおとこです」


菫は肩をすくめた。






「雪。出かけないか?」


龍胆の突然の提案。茶を飲んでいた雪はむせた。


「・・・なんだね。その反応は」

「だって。鬼が外出するのですか!?」


雪は目を丸くする。どういう風の吹き回しだろう。

彼は屍食鬼。外に出るのは夜と決まっている。


すると龍胆は腕を組み「俺だって外に出たいときもある」と不機嫌そうに言った。


「俺の髪は目立つが、傘を目深にかぶれば目立たない。・・・それとも、俺と出かけるのは嫌か?」


雪はちょっと困った顔をした。


「嫌なのではなく。私は、久しく外出などしていないものですから、どうしたらいいのかわからないのです・・・」


そういうことか。龍胆は胸をなでおろす。


「ぼくがおともするよ!」


かわいい声がした。菫だ。

押し入れをすすす・・・と開け、さり気なく会話に参加する。


「ちゃっかりしているな、君も。猫は大人しく縄張りに残ればいいのに」

「ねこ・・・?」


雪は首をひねる。比喩だろうか?


龍胆は「まあいい」とうなずくと、どこからともなく風呂敷を持ってきた。雪の前で広げて見せる。


「・・・っ!」


雪は息を呑んだ。


振り袖だ。


「雪の名にあうように、純白を選んだんだ。風邪を引かないように、渡来品のショールもある」


龍胆は次々に雪の前に並べ始める。

かんざし。紅。漆塗りの草履・・・。


どれもこれも、高価なものばかりだ。雪は眼を泳がせる。


「あの、どうやってこれを・・・?」

「菫と一緒に買いに行ったんだ。子供と一緒なら怪しまれない」


どれもこれも、彼が時間をかけて選んだ品だとひと目でわかる。それを言えば、「俺は目利きだからね」と誇らしげに言われた。


「そうじゃなくて。お金はどうしたんですか?」

「俺は昔、薬売りをしていてね。そのとき稼いだ金だ」


――汚れた金を、君に使うわけないだろう?


龍胆は密かに言葉を飲み込む。


雪は納得したようだった。おずおずと手に取り、「もったいないです・・・」と切なげに眉をハの字にした。


「わたしの髪の毛を売ろうかしら。長いからそれなりの値段になるはずだわ」

「どうしてそうなる。素直に受け取りたまえよ」


俺の顔をたててくれ。そう懇願され、ようやく雪は受け取った。



しっとりと、ひんやりする生地に袖を通す。


着付けを手伝う龍胆は、静かに腰紐を結ぶ。沈黙は耳が痛い。互いの呼吸さえ聞こえてしまいそうだ。


背に腰紐を回すたび、抱きしめられるような心地がする。


ひと結びごとに、彼の色に染まっていく。


「あ・・・」


不意に、彼の髪が耳をくすぐった。おもわず声が漏れる。


(はずかしい・・・っ!)


雪は耐えきれずうつむく。真っ赤に染まった耳朶を、龍胆はほほ笑んで見つめた。


青い瞳はしっとり濡れる。


やがて、龍胆は長い帯に取り掛かった。衣擦れの音が気まずさを増長させる。


「苦しくないかい?」


急に尋ねられ、雪は飛び上がった。


「だ、だいじょうぶ・・・です」

「うん」


背後に回った彼の吐息が首筋をくすぐる。ぎゅっと引き結ばれる帯は程よく肺を圧迫し、鼓動をより感じてしまう。


・・・胸が、苦しい。


でも、こみ上げる感情は甘い味。


「・・・できた」


永遠に続くかに思えた着付けは、あっさり終了してしまった。彼が離れていく。


ほっと息を吐いた矢先、龍胆は雪を抱き上げる。「ひゃっ・・・!」と短い悲鳴を上げれば、間近に迫った白い美貌はくすりと笑った。


「では、行こうか?」

「あの、これじゃ履物の意味がないのでは・・・?」

「それでは格好がつかないだろう?」


思い立ったが吉日。あれよあれよと、雪は外へ連れ出されたのだった。


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