ロマンチック
『矢島健太』は黙秘を続けている。『矢島健太』は『光抱く扉』から脱会したいという嘘をつき、相談したいからと佐々木勉弁護士を銀座の歩行者天国に呼び出した。特に銀座1丁目は人が一番まばらで、そこの赤いパラソルの下で座って待っていて欲しいという内容だった。それに銀座1丁目は歩行者天国の入り口だ。京橋からすぐに車を乗り入れられることができる。『明石勇馬』は目立つ赤いパラソルから狙えと言われたに違いない。『矢島健太』は佐々木勉弁護士を確実に殺すつもりだった。俺は織田という名前と顔の頃『光抱く扉・被害者の会』代表の佐々木勉弁護士とよく情報のやり取りをした。普段、警察、特に公安は人権派弁護士などとは接触はしないが佐々木弁護士は『光抱く扉』の情報に熟知していた。退会した信者から熱心に情報収集し、組織体系、階級、勧誘手口、勧誘場所(ヨガ教室や、アロマショップ、オーガニックカフェ、ネイルサロン、サウナ、マッサージ店などの住所、電話番号、URL)などを詳細に資料にまとめていた。本来なら見せて貰えない情報も見せてくれた。例えば今回の件で言えば『明石勇馬』が父親『明石健一郎』から虐待を受けながらも必死になって教団から逃げた、そんな似たような例を個人情報を伏せながらもを佐々木弁護士は詳細に調査し、資料化していた。俺はその資料を読みながら、教団の恐ろしさと愚かさ残忍さ狡猾さ、教団にのめり込んだ信者たちとその家族の末路などを頭に叩き込んだ。それぐらい俺には佐々木弁護士に対して恩義がある。彼もまた命を懸けて『光抱く扉』と闘っていた。裏を返せば、『光抱く扉』にしてみれば、こんなに『邪魔』な存在はない。殺して然るべきだろうと。
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「どういう事だ」と課長。
「何か」
「「何か」じゃない。今回の事件だ。お前、何やってんだ。新宿署の吉行や、大岡さんから説明しろと連絡があったぞ、大岡さん訳もわからず記者会見に引っ張り出されて、キレられて、俺はエライ目にあったぞ」
「新宿署はたいそうな手柄を立てたことになったじゃないですか」
「吉行がお前に会わせろと言ってきている」
「いつか挨拶に行きますよ」
「ところで、今回の
「後で報告します」
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警視庁の近くの小さな公園は静かで緑豊かな場所だ。夕暮れで街灯が点き、うすら寒くなって来た。
目の前からタチバナが歩いて来る。
不思議と落ち着いた気分だった。
俺たちは1mほど間を開けて向かい合って停まった。
「見事でした。」
とタチバナは表情一つ変えずに言った。
「何が」俺も無表情で言った。
「『明石勇馬』は死にました」
「それで?」
「ところで『明石勇馬』のハイエースのブレーキに何か細工しました?」
「そっくりお前に返すよ」
タチバナはじっと俺を見つめ、ニヤッと笑った。
「『明石勇馬』の入院先に行ったのですが、病院内が随分慌ただしくて、少し探ってみたのですが、どうやら父親が生命維持の電源を切ったらしいです」
「父親に
「父親も病院の屋上から飛び降りました」
「心中みたいだな」
スマホのバイブレーションがした。俺は電話を取った。庁内が慌ただしい、怒号が飛んでいる。対応した巡査の鼻息が荒い。
「そうか」俺はそれを聞いて電話を切った。
「どうかしましたか」
「『矢島健太』が自殺した。首を吊った」
「物騒ですね」
「警察にもいるのか」
「何がですか」
「悪魔だ」
「『矢島健太』が、例えば警察内部に
タチバナは俺の横を通り過ぎた。そして振り返ってこう言った。
「坂口さん、あなたが事件に絡むと何か、未来が変わるような気がします」
「お前はもちろん、こうなる事を事前に知っていたんだよな」
「坂口さん、買い被りすぎですよ」
「お前は、もしかして『光抱く扉』が、この世にばら撒まいた元信者や、一見退会したような信者、そして潜在的な信者たちが起こすかもしれない…、」
タチバナは俺を制するように言葉を被せてきた。
「その殺人や、テロを止めてくれとでも言うんですか。『坂口さん、あなたに』」
「それこそ随分ロマンチックな話しか」
「ところで、今回の事件、3年前の『あの事件』にそっくりですね」
「お前が『
「どう言うことですか。仰っている意味が分かりません」
辺りは真っ暗闇になっていた。何故か街灯の灯りが全て消えていた。辺りは漆黒。そう漆黒の『闇の奧』に吸い込まれるようにしてタチバナは姿を消した。
続く。
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