でもそれはもっと(六)

 カニはつづけて口にした。

「私からのお願いよ。私が死んだらすぐに、私を鍋にして食べて頂戴。お願いよ」

 「鍋……」と口にしてから、ぼくはしばらく黙ったのちに、ひとつうなづいた。

 それから、細い声で、「ジュリエットをご招待したら?」とカニが言った。ぼくはほほ笑みながら、「鍋なんて季節外れだよ。それに、こんな汚い部屋には呼べないよ」と答えた。

 それが、ぼくとカニの最後の会話となった。

 カニはしばらくはさみを動かしていたが、やがてそれもやみ、プカリと水面に浮かんだ。

 ぼくは泣きながらカニを水槽からすくい上げ、冷蔵庫にしまった。

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