第13話 親友2
「うーん、中々いい案が思いつかないな」
「うん……そうだね」
二人は悩んでいた。どうやったら虚凛さんの模倣に耐えることが出来るのか考えていたが、良い案が一つも思いつかない。解決策としては、虚凛さんに模倣を止めてと伝えればいいだけかもしれないのだが、それは僕がしたくないから選択肢に入っていない。何故なら、虚凛さんが他人の模倣をして生きていることを自覚してしまうと、良い結末にはならないと思っているからだ。
僕は楽にはなりたいけれど、決して虚凛さんを壊したいわけではない。だからこそ、そうするわけにはいかないのだ。
「そういえば、聞いていないことがあったけど、聞いていいか?」
「うん、別にいいけど……急にどうしたの?」
紡が神妙な顔をして聞いてくる。今日は例外だけど、いつもは冗談交じりに話す紡が、こんなふうに真剣な顔をするのは珍しい。それだけ、今から聞かれることが、彼にとっても重い意味を持っているのだと分かった。
「なぁ、斎理は虚凛さんのどんなところが好きになんだ?」
は?
「えっ?どういうこと?そんなことは言ってないよ」
何を言っているんだ?僕はそんなことを一回も言っていないし、虚凛さんのことを好きだなんて、少しも……少しも思っていない。
しかし、紡はため息を吐いて頭を抱えている。それに加えて、紡が纏っている色も、落胆や呆れのような色になっており、始めてみる紡の感情に目を奪われしまう。どうして、そんな感情をしているのだろうか。
「あのな……」
しばらくして、やっと紡が口を開く。その声はいつもより低く、少しだけ怒りが含まれていた。そのせいで、つい先ほどまでのやり取りが脳裏に浮かんでしまい、思わず身構えてしまう。案外、紡の怒りは心の奥底まで刻まれてしまい、トラウマになってしまったのだろう。これからは、紡のことを怒らせないようにしないと。
「いい加減に自覚しろ。お前はな、ずっと白峰さんのことを考えているんだろ。それに、白峰さんのことを見ている時の目――それには恐れとかも含まれているけれど、それ以上に願いが滲んでる。触れたいとか、知りたいとか、一緒にいたいとか、そんなどうしようもない感情が、目の奥ににじんでる」
その言葉に、斎理は何も返せなかった。自分でも気づけなかったその思い――自分自身の色が見えないから必然的にできてしまう盲点を、親友に突き付けられて言葉を失う。
それは、仕方がないことだ。今まで自覚しておらず、むしろその事実から目を逸らそうとしてきたのだから。でも、これからはそんなことが出来ない。自覚してしまったら、この思いは消せるものでは無くなってしまうから。
「そっか……僕は、とっくに……」
紡はその様子を見て、何も言わなかった。しかし、彼の色は暖かく、喜びに満ち溢れていた色になっていて、きっと僕の心が前を向いたことを祝福してくれているのだろう。たとえ――その結果が良くないものだとしても。
はぁ、それなら正直に言わないとね。自覚してしまったのなら、僕が彼女に今の惹かれている理由が分かるよ。切っ掛けは彼女の無色だとしても、そんな理由はとっくに変わっている。アレを見てしまった以上、僕はもう引き返せない。
「僕はね、最初は虚凛さんの無色に惹かれてた。でも、今は違う。校外学習の時に見せてくれたあの笑顔――それが、本心から来たものでもない偽りの笑顔だとしても、心の奥底にずっと残っていて、いつかその笑顔を、虚凛さんの心の奥底から来たものにしたいんだ」
その願いを口にした瞬間、斎理の心の中に静かな熱が灯る。ソレは僕が他人である虚凛さんの心の奥深くまで踏み込もうとした決意の証であり、今までの僕自身には決して存在しなかった物だった。ずっと僕のことを苦しませ続けていた感情の色を見る力が、役に立つのかもしれない。
今まで何度かそう思ったことがあった。そのたびに、僕は裏切られ続けて、もうこんな思いをしないと誓った時もある。実際に、今回もそうなる可能性はあるのだろう。傷つきたくないのなら、他人と関わらなければいい――そんなことは百も承知だけど、それでも僕は前に進む。
「そうか、何をするべきなのか分かったんだな」
そんな僕の姿を見て、紡が優しく声を掛けてくる。彼の目には、喜び、嬉しさ、そして揺るがぬ決意が込められていて、どんなことがあっても僕に協力してくれるのだろう。だからこそ、僕がこれから何をするのか――それを口に出してしまったら。もう引き返せなくなる。何故なら、紡は自身のことを投げ捨ててまで、それを成し遂げようとするだろうから。
少しも怖くないと言えば嘘になる。今まで他人の心に踏み込んでいい結末になったことは無いし、今回は紡まで舞い込んでしまう。でも、今の僕は我儘なんだから勇気を出して言うよ。
「僕は、虚凛さんを変えて見せるよ。彼女が自分自身の意志を手に入れるように――あの無色が鮮やかになるように」
やっと自覚できた新たな目標、それは今までの虚凛さんの模倣に耐えるといった受動的なものでは無く、虚凛さんが自分自身の色を手に入れるための能動的な目標だった。目標を決めることさえできれば、後は歩み続けるだけだ。この気持ちを無くさなければ、もう折れそうになったりしないし、不安になることも無い。
「そっか、それなら最初にやることは決まったな」
「?」
その決意を聞くと、紡は納得したように頷き、階段の方へ歩き始めた。斎理はその姿を見て疑問に思う。最初にすること?それはいったい何なのだろうか。感情は読めても、思考は読めないから。紡の言葉の意味が分からない。
すると、紡は斎理が自分の言葉の意味が分かっていないことに気付くと、きょとんとして目を丸くする。まるで、何で分からないの?とでもいうように。
「どうしたんだ?こんな時にすることって一つしかないでしょ」
「一つしかないって、何を……」
「そんなの簡単じゃんか。生徒の悩みに相談するのが先生ってもんでしょ」
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