一話 一振りの刃④

◇◇◇◇◇


「——ここで死んだように暮らしていた方が、よほどましだったのではないかしら」


 姉妹の声が、玉蓮の意識を現実に引き戻した。ふと気づけば、姉の温もりを探すように、己の腕を強く握りしめていて、爪の跡が、うっすらと赤く残った。


 その手を懐に伸ばし、取り出した小さな守り鳥。硬質な木肌が、姉の手の温もりを微かに伝えてくれる。


「姉上……」


「取り柄の顔のおかげで生きてきて、その顔のせいで死んだのね」


玄済げんさいの王太子は、美しいものをなぶり壊す趣味がおありだそうよ。養母の王妃様でさえ、それに目をつむっていらっしゃるとか」


「あの女は、四肢を切り落とされて人形にされてしまったんですって」


 囁きながら、姉妹のひとりが玉蓮の腕を愛おしげに撫でた。煌びやかな絹の衣擦れの音が、耳障りに響いている。


「そして雪のように白い肌は、剥がされた、と」


「ふふ、美しさって、時に命取りなのね」


 手のひらで握りしめていた、木彫りの鳥が——みしり、と鈍い音を立てる。小さな鳥の小さな羽。その片翼に、ひびが入った。木片のかけらが、構わず握りしめる指に鋭く食い込む。


 その瞬間、姉妹たちの声も、あざ笑う唇の紅も、絢爛けんらんたる衣の彩りも、すべてが灰色に沈んでいく。脳裏に焼きつくのは、姉の頬を伝った透明な涙の輝きと、婚礼衣装の目に痛いほどの赤。


 ギリギリと歯がぶつかり、思わず噛み切った唇の端から、その赤と同じような血の雫がこぼれ落ちた。


 涙は一滴も流れない。


 鼓動がまるで火打ち石のように、胸の奥で火花を散らし、腹の奥底から、赤黒い何かが音を立てて燃え上がった。


 目を閉じれば闇。姉の美しい笑顔が浮かんだかと思えば、次の瞬間には血に塗れてバラバラに引き裂かれていき、その無惨な残像の奥から、せせら笑うかのように、血に濡れた王太子の幻影が滲んだ。


 玄済げんさい国、王都・呂北ろほくの輪郭が、地獄の炎の如く脳裏に焼き付いて離れない。



 ——姉上。



 玉蓮は真っ直ぐ顔を上げた。玄済げんさいの王太子、喉笛を裂く、その日を見つめて。

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