第四章:星屑から生まれた庭師の教え」
私は選択を迫られていた。
キャリアと成功が約束された未来を選ぶのか。
それともこの一見非合理な老人たちの言葉を信じ全てを投げ打つのか。
答えを見つけられないまま、私は毎日宗観の元へ通い続けた。
彼とただ静かにお茶を飲み彼の庭仕事を手伝う。
その無為とも思える時間の中で私の心は少しずつ変化していった。
宗観は元・物理学者だった。
彼が語る庭の話はまるで宇宙の話のようだった。
「この石はな」
彼は庭の中心にある大きな苔むした岩を撫でながら言った。
「何億年も前の星の爆発の欠片かもしれん。我々は皆星屑からできておる。この石もわしもそしてお嬢さんもな」
その言葉を聞いた時、私は不思議な感動を覚えた。
科学的事実でありながらそれは深い詩のように響いた。
彼は小さな雑草を一本抜き取った。
「この草もただの草ではない。こいつは太陽の光と大地の水と空気中の二酸化炭素を自らの命に変えておる。これほど見事な錬金術はないじゃろう」
彼の目を通して世界を見ると全てのものが違って見えた。
全てのものが他の全てのものと繋がり合い互いに影響を与え合いながら存在している。
それは壮大で美しい宇宙のシンフォニーだった。
私はこれまで世界を機械的なシステムとして捉えていた。部品の集合体として。
だが宗観が見せてくれたのは生きた有機的な全体としての世界だった。科学と宗教と哲学が一つに融合した統合的な世界観だった。
老年的超越の宇宙的次元。
私はその入り口に立っていた。
ある日、私は彼に尋ねた。
「なぜあなたは物理学をやめてしまったのですか? あなたは希代の天才だったと聞いています」
宗観は遠い目をして答えた。
「宇宙の果てを数式で追い求めてもそこには答えはなかった。本当の宇宙はもっと身近な場所にあったのじゃよ。この庭の中に。そして我々の心の中に」
彼は自分の皺だらけの手を見つめた。
「わしは若い頃多くの過ちを犯した。研究に没頭するあまり家族を顧みなかった。多くの人を傷つけた。じゃがこの歳になってようやく分かった。人生の成功も失敗も全てをひっくるめてわしの物語なのだと。そしてその物語はわし一人で終わるものではない。先祖から受け継ぎ子孫へと手渡していく大きな流れの一部なのじゃ」
自己との和解。
世代間の繋がりの深化。
私は彼の言葉の中に老年的超越の全ての次元が溶け合っているのを感じた。
私はようやく理解した。
彼らが守ろうとしているものは単なる古い家々や土地ではない。
彼らが守ろうとしているのはこの「時の繋がり」という目に見えない、しかし何よりも尊い人類の遺産そのものだったのだ。
それは科学が発見した法則よりも深く、宗教が説く教えよりも広く、哲学が探求する真理よりも根源的なものだった。全てを包含する大いなる調和だったのだ。
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