【建築系お仕事短編小説】星屑の庭師 ~最後の聖域~(約9,000字)
藍埜佑(あいのたすく)
序章:完璧な世界を描く女
私は未来を設計する。
私の名は
私の中にはいつも冷たい計算機が回転していた。
コスト、パフォーマンス、ROI(Return On Investment)。全てを数値化し最適解を導き出す。それが私の存在意義であり誇りでもあった。感情は設計を歪める邪魔な要素でしかない。私はそう信じて疑わなかった。
だが時折、深夜のオフィスでCADの画面を見つめながら、ふと虚無感に襲われることがあった。私が描く完璧な建物の中で人々は本当に幸せになれるのだろうか……? その問いはすぐに頭の奥に押し込まれる。感傷はプロフェッショナルの敵だ。
そんな私がキャリアの次なるステップとして任されたのは国家的な大規模再開発プロジェクトだった。
古都・鎌倉。その歴史と自然が色濃く残る
それは古都の静かな死を意味していた。そして私の輝かしい未来の始まりを。
プロジェクトの最大の障害は開発予定地に今もなお点在する時代遅れの古民家群と、そこに住み着く数人の老人たちのコミュニティだった。
データ上、彼らは社会にとって何の生産性も持たないただの無駄なコストだった。彼らの存在そのものが私の描く完璧な未来の設計図の唯一の「染み」だった。
私は彼らをただの感傷的な過去の亡霊だと思っていた。
立ち退き交渉の書類を手に鎌倉へと向かう新幹線の窓から流れる景色を眺めながら、私は自分の勝利を確信していた。
古いものは壊され新しいものに生まれ変わる。それが世界の正しい進化の法則なのだと信じて疑わなかった。
私はまだ知らなかった。
私が壊そうとしているものが単なる古い家々ではなく、この世界の繊細な調和を保つための最後の聖域であったということを。
そして私がこれから出会う老人たちがただの過去の遺物ではなく、未来を静かに見つめる賢者であったということを。
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