5 優しい人が好きですっ!

「このダンジョンは魔法耐性の強いパープル系モンスターが多いのが特徴だね。私は基本的に短剣一本で戦うからいいけど、魔法使い、それこそロキちゃんみたいな人には少し厳しい場所かもね」

「……」


 スライムを叩き切る。


「魔法使いの中にはそういう魔法耐性持ちに対処するために、剣みたいな近接武器も扱えるようにしてるって人も少なくないけど、ロキちゃんは何か使えたりする?」

「……いえ」


 スライムを跳ね飛ばす。


「まあ耐性を吹っ飛ばせるくらい強い魔法が使えるもんね。さっきもパープルスライム吹っ飛ばしてたし」

「……」


 スライムを押し潰す。


《スライムたち片手間で無惨に散ってってかわいそう》《なかなかえげつない絵面》


 後ろを気にしながらなので足元の配慮が疎かになり、切り捨てたばかりのスライムを踏んづけて転びかけた。


《ロキちゃんマジ塩対応w》《ベテルちゃん若干煙たがられてませんか?》《いや会話くらいしろよ》《ベテルちゃんに無理言われて押しきられたにしても、これはない》《空回って焦ってるベテルちゃん見たくなかったな、痛々しい》


「……そ、そういえばロキちゃんって、出身どの辺なの? 私はこの町で生まれ育ったけど、ロキちゃんはこの辺の人って感じじゃないよね」

「……」


 スライムを貫く。


 なんだか、ブラックホールに話しかけているみたいだ。これならいっそ、壁にでも話しかけた方が多少声が跳ね返ってきてまだ楽しいかもしれない。目の前ですぱすぱ切れていくスライムと同じくらい、手応えがなかった。


「故郷の話は、したくない……です」


 取り逃がしたスライムがべひゃっと顔に張り付いたので、慌てて引き剥がした。


《スライムにやられかけてて草》《ロキちゃんまさかの会話拒否www》《ユアチューバーやっちゃいけないレベルでコミュ障じゃん》《コラボ相手男じゃないならいいかなって黙認してやってたけどこれはない。ベテルちゃんと絡むな》


「い、いやいや、今のは私の質問が悪かったね!」

「みゅーみゅみゅー! みっ!」


 まずい、コメントが尖り始めた。荒れるのは今までの配信でも散々経験しているからいいけど、外部の人に批判が向くのはいただけない。


《あの伝説の爆発事件の時はまさかこんなことになるとは思わなかったな》《もはやリゲルンちゃんだけが癒し》《いっそもう一回爆発魔法で吹っ飛ばしてもらって全部リセットした方がいいレベル》


 ましてやロキちゃんは今までもユアチュブで活動していたとはいえ、ここまで多くの人目に晒されるのは初めてなのだ。コメント欄を見ないように誘導すべきか、そもそも見ているのか、とりあえず場を繋ぐことを優先すべきではないか。


「えっと、えっと……!」


 何か、ロキちゃんが話しやすい話題……! 普段ならするすると五パターンは出てくるようなことが、思考に闇魔法をかけられたようにぼんやりとして何も思い浮かばない。


《ロキちゃんばっか批判されてるけど普通にベテルちゃんが悪いだろ》《話の振り方が下手すぎ、俺(コミュ障)でももう少しうまくやれる》《お前が始めたコラボだろ、何とかしろよ》


「……私っ!」

「!?」

「ぷきゅ!?」


 突然の大声。思わず振り向いたら、無防備な背中をスライムにぺちっとされた。


《うわあ急に叫ぶな》《一旦全員リゲルンちゃん見て落ち着け》《スライム背中にくっついてますよ》


「つ、付き合いたい人のタイプ……は、髪、が、綺麗な人……ですっ!」

「………………はぇ?」

「ぷ?」


《は?》《え?》《何?》《たぶん俺とリゲルンちゃん今同じ顔してる》《突然のカミングアウト》《髪フェチってこと?》《ベテルちゃん全然対象内でわろた》《お、俺も髪が綺麗(さっぱり存在しない)だからワンチャンあるか?》《←お前には髪もチャンスもないから諦めろ》


 批判も批評も、全部を押し流す濁流みたいなコメント欄。面白いの暴力は人の敵意も害意も削ぎ、時に善悪すらも呑み込む。一歩間違えば指を切り落とされるような凶器が、今回は私たちに味方した。


《で、ベテルちゃんの好みのタイプは?》《まさかコラボ相手にだけ言わせて自分はだんまりなわけないよね?》《普通に気になります、教えてください》


「……え、わ、私?」

「ぷきゅ」


《お前》《お前だよ》《リゲルンちゃんもお前だって言ってる》


「いや、私の話はいいでしょ。ロキちゃんも私の話なんて興味ないよね? ね?」

「キャンプファイアー!」

「ロキちゃん? 何かは答えて!?」

「す、すみません……呪文、唱えてて」


《無敵すぎるww好きwww》《ロキちゃんいいぞ、そのまま追い詰めろ》《スライムに次から次へと火が燃え移ってなかなか悲惨な絵面になってる》《切り抜き動画のサムネに良さそう》


 さっきまでは非難の的だったロキちゃんの無視に近い行為も、この流れなら「スルー芸」として通る。


「…………優しい人! 優しい人が好きですっ!」


《は?》《は??》《つまんな》《お前それでも配信者か》 《もうロキちゃんにチャンネル譲れ》


「なんだよ、正直に答えてやったのに!」

「ぷみぃ……」

「……ふふっ」


 ロキちゃんがくふくふっ、と呪文を中断させて笑ったのは、だけど、カメラには写らなかった。


《リゲルンちゃんがとんでもない嘘つきを見る顔してる気がする》《お前ロキちゃんの潔さ見習えよ》《引退考えた方がいいレベル》《足元のスライム気をつけてね》


 よし、流れが掴めてきた……! 私は人知れず、深く深く安堵する。いつの間にかダンジョン攻略も最下層まで来ている。あともう一息……あれ。


「そういえば、今タイムってどうなってたっけ」


《タイム(建前)》《これがRTA企画って忘れてたやつ挙手》《誰も気にしてないよ今更》


「えっと……え、もうすぐ一時間じゃん!」

「ぷみみ!」


 リゲルンの背中にくくりつけておいたタイマーを取り外し、カメラに写す。58:23。思った以上に時間がかかっている。


《まあ別にいいんじゃね、一時間超えても》《前にベテルちゃんが一人で挑戦した時って何分くらいかかってたっけ》


「前やった時は確か一時間をちょっとオーバーするくらいです……。ヤバい、基本的にタイムはどうでもいいけど、一人のタイム下回ったら検証失敗になっちゃう」


 検証企画は失敗したらしたでおいしいものではあるが、どうせだったらロキちゃんと一緒に挑戦してよかったということを記録にも残しておきたい。


《タイムはどうでもいい(本音)》《でも、今目標の青い岩写ったよね?あれ触ればクリアならギリ一時間切れそうじゃない?》《スライムが多すぎる、掻き分けて最短で進むにしても厳しい》《結構距離あるな……》


「魔法で、スライムを……吹き飛ばせば……。駄目、走ってる間に、まとわりついてくる……」

「……そうか、魔法!」


 確かにこれだけスライムがいれば、魔法を撃ってもその範囲外にいた別のスライムがすぐこちらに来る。魔法を撃った瞬間に大岩にたどり着いているくらいじゃないと意味がない。……それなら。


「で、でも、魔法じゃ……」

「違うよ、スライムじゃなくて、私を吹っ飛ばすの!」

「きゅ!?」


《とんでもないこと言ってるなこいつww》《ベテルドM説がどんどん強化されていく》《リゲルンの方見てみろ、きっとドン引きしてるぞ》


「え……!?」

「私なら大丈夫だから、撃って!」


《SMプレイに付き合わせるな》《初コラボですごい酷な企画に呼ばれたロキちゃんに同情を禁じ得ない》《残り1分》


「お願い!」

「……っ、バスガスバクハツブスバスガイド!」


 どぱん、無料配布の効果音では到底出せないド派手な爆発音。背中越しでも動画映えを確信する爆炎の輝き。


 私の体が、意思とは無関係に強大な推進力を持つ。


《やりやがったwww》《ロキちゃん、あなたがトップユアチューバーだよ》《病室で久々に腹抱えて笑ってる、ありがとう》


 どん、と鈍い痛みがあって、気づいたら目の前に青色の淡い光があって、スライムが何体か私と岩の間で潰れていて、なんならちょっと口にも入ってた。気持ち悪い。


《タイムは?》《一時間切れた!?》《さっきまでタイムに興味なかっただろお前ら》《誰もベテルちゃんの心配してなくて草 爆発魔法で吹っ飛ばされたんだぞ?》《だってそれこの前も見たし……》


「べ、ベテルさん……! 大丈夫、ですか……?」

「ロキちゃーん!」

「い、今行きます……!」

「ロキちゃんあのさー……」


 私の呼び掛けに、こちらに走ってこようとしたロキちゃんの足が止まる。


「なんで爆発魔法使ったの?」

「え!? だ、だって、吹っ飛ばせ、って……」

「いや、さっき風魔法使ってたじゃん。私てっきり、それ使うもんだと……」

「あ……!」


《待ってそうじゃんwwwww》《だってドMだし……》《動画映え意識したんだろ、知らんけど》《これは言わなかったベテルちゃんが悪いw》


「す、すみません……!」

「いや、私も言わなかったから」


 全身に貼り付いたスライムをべっと剥がしながら、確かにそれくらい言えばよかったなあ、と思う。風魔法のことだけじゃない。動画でどんな立ち回りをしてほしいか、どんな話をしたいか、不安なことはないか。そういうの全部、ちゃんと話し合えばよかった。


 やたら口数が多いくせに、誰とも会話しない。私のそういうところ、本当に、よくなかったな。


「あ、タイム! ロキちゃーん! タイムどうなってるー?」

「あ、え、ええと……59分……56秒、です……!」

「ぷみぷみ!」

「よっしゃぁーっ!」


《ギリギリセーフ!》《一時間切りおめでとうございます!二人ともお疲れ様でした!》《乙、いいコンビだった》《なんだかんだ盛り上がるんじゃんお前ら》《またこの二人のダンジョン配信見たいです!》


「はいあの、というわけで……スライム邪魔だな! 検証成功ということで、お疲れ様で……ごぼ、口はやめて!」

「あわ……ベテルさん……?」

「ぷみみぃっ!」

「この辺りで、配信終了とさせていただこうと……完全に囲まれたー! ロキちゃん助けてー!」


《MVPスライムに埋まってて草》《情けない声》《スライムに溺れた冒険者の事例あったよな》


「ごぼぼ……ありがとうございました!」


 やや強引にリゲルンへと配信終了の合図を出す。ロキちゃんが慌てて駆け寄ってくる姿が、スライム越しに歪んで見える……。


《楽しかったありがとう》《ロキちゃんって個人チャンネル持ってるの?》《概要欄にロキちゃんのチャンネル載ってる!》《←ありがとう、見に行ってみるわ》

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