2 百万回吹っ飛ばされた女

《百万回吹っ飛ばされた女》


 今日、例の爆発魔法巻き込まれ放送事故の切り抜き動画(非公式の切り抜きで言っちゃえば無断転載だが、私のチャンネルはその辺ユルい)のコメント欄を覗いたら、一番上のコメントがこれだった。昨日見た時には確か《まっすぐカメラに向かって発射されんの草》だったので、かなりの勢いでコメントが書き込まれている……所謂、「バズっている」状態であることが伺える。


「そんなわけで、チャンネルは大盛況! ロキちゃんのおかげだよ!」

「ぷみゅぷみゅみゅ!」

「はあ……」


 オーダーを取りに来た店員さんに、麦酒二杯とマルモチ(白くて丸いモチモチした木の実)の串焼きを注文する。マルモチ、ちょうどリゲルンみたいな弾力があってうまいんだよな……あっこら逃げんな。せっかく使い魔可の居酒屋選んだってのに。


「ロキちゃんも好きなの頼んでよ! 遠慮しないで!」

「……あの、今日……先日の、治療費とかの話、だと思った……です、けど…………」


 爆発魔法で私を跳ね上げ、ついでにチャンネル知名度も跳ね上げてくれた彼女は、平謝りしながら「ロキ」と名乗り、連絡先を教えてくれた。なので今日、コンタクトを取って呼び出させてもらったという次第である。


「あんなの一晩寝れば治るよ! それに、ロキちゃんには感謝こそすれ、文句言ったり治療費請求したりなんて考えてないよ。だから、もう少し肩の力抜いてくれると嬉しいな」

「えっと……」

「ぷみゅぴゅみゅ」

「そう、ですか……?」


 テーブルの上で胸を張る(に当たる行為だと思うが、なんせ完全な球体なのでどこが胸かは不明)リゲルンに、ロキちゃんはいくらか緊張がほぐれたようだった。わざわざ連れて来てよかったというものである。


 店員さんが麦酒を運んできてくれたので、とりあえずグラスを合わせる。勢いよく半分ほど飲んだら口に泡がついて、目の前のロキちゃんが上品に飲んでいることもあって少し恥ずかしくなる。


「それで……だから今日は、治療費とは別件で、ちょっとお願いがあるというか……。いや本当、全然強制とかじゃないし嫌だったら断ってくれていいんだけど……」

「ぷみゅみゅ……」


 慎重に本題に入る。あからさまに「きな臭い話になってきたぞ」という顔をされた。一見クールそうな顔して、結構表情に出るタイプらしい。


「ユアチューブ、って知ってる……?」


 まずは前提の話からだ。ユアチューブ、動画投稿プラットフォーム。私はそこで活動している。チャンネル登録者は約23万人。


 私がダンジョン系ユアチューバーであること、そこでは絵的な派手さ……「バズり」に繋がるようなインパクトのある映像が重要視されること、彼女の爆発魔法には数字的なポテンシャルがあること、私が一刻も早く登録者50万人を目指したいと思っていること。


 彼女に伝えるべき情報、説得の仕方を頭の中で整理し、組み立てながら返答を待つ。


「知ってる……というか、私も動画投稿……している……」


 ふむ、まあ私と同世代でユアチューブを知らないということはまずないよな。私のことは知らなかったようだが、まあ中堅にも満たない程度の知名度では……えっ?


「投稿……してる? ロキちゃんが? ユアチューブで?」

「はい……ダンジョン系、の……」


 ……こう言ってはなんだが、なんと言うか。


「意外……ですよね。私、喋り、下手だから……」

「いやいやいや、私が勉強不足で! こんな近くに同業者がいたとは!」

「ぷみゅぷみゅぷみゅ!」

「よければチャンネル名教えてよ! 登録する!」

「みゅっみゅっみゅ!」


 リゲルンと二人、慌てて首を横に振り、弁明する。完っ全に想定外だったが、ことによってはチャンスかもしれない。同業ならなおさら、コラボはお互いにとって利益があるだろうし、バズりを求める気持ちにも理解があるだろうから、説得はしやすいはずだ。


「えっと――」


 ……「手紙」。検索エンジンのことを何も考えていなそうな一般名詞が、彼女の活動名であるらしかった。チャンネル登録者は、230人。私の千分の一である。最新の動画は三日前に投稿された「私信 #193」で、初投稿の動画は約五年前(なんと私の活動開始日よりも前だ!)の「私信 #1」。野心も色気も人間味も感じさせない、電池の入ってないロボットみたいなチャンネル。


「えー……と」


 反応に困った。軽率にチャンネルなんて訊かなきゃよかった。タイミングよく店員さんがマルモチの串焼きを持ってきてくれたので、オオトロ(という種類の魚。脂が乗っていておいしい)の刺身を追加で注文しておいた。


 食べなよ、とロキちゃんに進めながら、自分も串焼きを一口。気まずい沈黙が流れる前に、話を繋ぐ。


「……趣味でやってる系のチャンネル?」

「そんなところ……です。本業は、別にあって」


 そりゃそうだ、この登録者数と再生数で生きていこうと思ったら霞でも食べるしかない。


「えっと、本題に戻るけど、私もユアチューバーで」

「ぷみゅ~」


 彼女のチャンネルの話は一旦置いておくことにして、私は自分の目的を語ることにした。相手がユアチューバーであると分かったので、コラボのお誘いという形で。


 彼女のチャンネルはあんな感じだけど、彼女自身には間違いなくポテンシャルがある。少なくとも、私がプロデュースすればあんな、五年もやって結果が出ないなんて残念なことにはならない、させない。


 結果が出ないのに五年もこの世界に立っていたのだ。ロキちゃんなりに、ユアチューブで成功したいという思いが、野心があるのだろう。……あるよね? ちょっと表情からは読み取れないけど、たぶんそのはずだ。であれば、この提案はむしろ彼女の方にこそメリットがある。


 ……なんて傲慢な内心は表に出ないように、でもそのあたりのプレゼンも交えて話した。ちなみに説得の間、リゲルンはロキちゃんの頭上を飛び回り撹乱するなどしていた。おい邪魔するな。


「……って提案なんだけど、どうかな……」


 オオトロの刺身が来た。勧めると、ロキちゃんは頭を下げて皿に箸を伸ばした。串焼きの時より食べるペースが速いので、刺身が好きなのかもしれない。


「……せっかくのご提案、だけど」


 言いづらそうに、ロキちゃんは口を開いた。「ぷみゅ⁉」「ええっ⁉」リゲルンと声が重なる。正直断られると思っていなかった。


「私、そういうのは……興味なくて」

「なんで⁉ もっといろんな人に見てほしいとか、思わないの⁉」


 思わず机を叩いてしまって、ほとんど手を付けられていなかったロキちゃんの麦酒が少し零れる。


「視聴者に底辺って舐められて投げ銭で無理難題押し付けられたくないって思ったことは? 反応もないのに喋り続けるのが辛いって思ったこともないの?」

「……私は」

「ロキちゃんさあ、あなたはどうして配信者なの? なんでダンジョン系のユアチューバーなんてやろうと思ったの?」


 酒が回ってきたのかもしれない。でも思考は結構クリアで、たぶんこれは真っ当な疑問だ。……と、思う。


「ぷみゅぅ……」


 ロキちゃんの頭上を飛び回っていたリゲルンが、私の正面でホバリングする。大丈夫? と言われたような気がした。


「そう言う、あなたは……? どうして、配信者になった……ですか?」

「私……?」


 私は彼女とは違う。目的意識もなくぼんやりとユアチューバーやってる彼女と違って、私にはこの世界で達成したい夢が、野望がある。


 ……でも、彼女の問いかけで冷静になれた。魑魅魍魎蔓延るユアチューブ。社会不適合者の最後の砦。そこに立っている理由は人それぞれで、赤の他人が土足で踏み込んでいい場所じゃなかった。


「……私はね」


 ちょうど、店主が店の隅、私たちの席のすぐそばに置かれているモニターを操作し始めた。


「あ、私は話したいから勝手に話すけど、ロキちゃんは話したくなければ無理しなくていいよ。さっきは踏み込みすぎた、ごめん」

「いえ……」


 元々、この話はするつもりだった。だからこの店の、この席を選んだのだ。


「とりあえず、見てよ」


 近年、店内のお客さんが見られるところに、ユアチューブ専用のモニターを設置している飲食店も少なくない。大抵は大手事務所所属のユアチューバーの配信アーカイブを垂れ流しているだけだが、ここの店主はある配信者の大ファンで、配信が始まる時刻になると、こうして自らモニターを操作してそのチャンネルを映す。個人経営が故の緩さだ。


『ばんわんわー。ダンジョンに舞い降りたみんなのアイドル、勇者系ユアチューバーのシリューだよー』


 耳にこびりつくほど聞き慣れた声が、店内を満たした。

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