第49話『愛し、愛され尽くす夜』※

 ――夜は、二人だけの宇宙だった。


 ツカサが帰ってから、その日のすべてがカガリの中で“彼”一色に染まっていた。

 昼の不安も孤独も、扉の向こうで過ごしたたった数分の再会ですべてが融けていく。

 ツカサの腕の中に戻った瞬間から、世界の重心がずっと、彼と自分だけのものになった。


「……一緒にお風呂、入りましょう?」


 カガリのその一言に、ツカサは無言で頷いた。

 無骨な指が、手首を引き寄せる。

 浴室に二人で並ぶのは、思えばまだ数えるほどしかなかった。

 だが、今日は――何もかもが違った。


 高級ホテルのようなバスルーム。

 磨かれた大理石に湯気がふんわりと揺れて、

 統樹ブランドのバスアメニティが、柔らかく上品な香りを空気に溶かす。

 浴槽にお湯を張る間、カガリはツカサの背中にそっと手を伸ばし、

 ワイシャツのボタンをひとつ、またひとつ外していく。


「……昼間、寂しかった」


 小さな声で呟くと、ツカサは振り向き、

 そのままカガリを抱き寄せる。


「俺も、だ」


 たったそれだけの言葉が、

 あふれるほどの安心と愛を伝えてくれた。


 熱いお湯の中に沈めば、もう現実も傷跡も、

 何ひとつ気にならない。

 カガリはツカサの胸に身体を預け、

 その鼓動の一つひとつを感じていた。

 二人の体温が湯の中で混ざり合い、

 水面越しにふたりの影が溶けていく。


 ツカサの手が、カガリの髪を撫でる。

 荒々しくも優しいその手が、

 首筋、肩、背中、そして腕へと、

 すべてを包み込むように滑る。


 カガリの唇が、彼の肩先にそっと触れる。


「……もっと、近くにいてほしい」

「もう離れねぇよ」


 不器用な言葉も、今夜はやけに愛おしかった。


 浴槽の中で、二人は見つめ合う。

 蒸気が頬を赤く染めていく。

 ツカサの目は、カガリだけを映していた。


「――キスして」


 たったそれだけで、

 ツカサは、迷いもなく彼女の唇を奪う。


 甘く、深く、蕩けそうなキス――

 唇が重なるたび、

 ふたりの呼吸が溶け合い、

 吐息が水面にゆらめく。


「……もっと……」


 お互いの舌が絡み、

 指が首筋から鎖骨、胸元へと伝っていく。

 湯にぬれた肌は驚くほど敏感で、

 ツカサの手が這うたび、

 カガリの身体はとろけるように緩んでいく。


 湯船の中で、ツカサの太ももに跨るように身を寄せ、

 濡れた髪ごと、首筋に唇を這わせる。

 ツカサは何も言わず、

 ただカガリを抱きしめて、

 両手の中に閉じ込める。


「……ずっと、ずっとこうしていたい」

「俺も。お前のぬくもりがないと、もう生きてる気がしねぇ」


 言葉のたびに、唇が再び重なり、

 唾液も吐息も混ざり合う。

 喉の奥からもれる甘い声、

 湯気にまぎれて二人の影が揺れる。


 浴槽を出ると、ツカサはバスタオルでカガリの身体を丁寧に拭う。


「ちゃんと乾かせよ……」


 カガリの髪をゆっくりと撫でながら、

 指先で水滴を拾い、

 肩や背中にキスを落とす。


「……なんでそんなに優しいの」

「好きだから以外、理由があるかよ」


 バスルームの扉の前で、

 濡れたままの身体が、再び重なる。

 そのまま寝室へ――

 今夜だけは、何度も、何度でもキスを交わす。

 唇を離せば、すぐにまた求めてしまう。


 ベッドの上。

 カガリはツカサに覆いかぶさり、

 唇を貪るように重ねた。


「……好き、ツカサさん……」

「知ってる」


 不器用なくらい、まっすぐな返事。

 だが、それが一番の幸せだった。


 指が絡み、脚が絡み、

 吐息が布団の中でこだまする。

 体温も、愛も、何もかも。

 今日だけは“全部欲しい”と、心も身体も叫んでいた。


 カガリはツカサの首筋に、愛の跡を残す。


「……これで、どこにも行かないで」

「もう、絶対に離さねえよ」


 キスを重ねるごとに、

 昼間の孤独が溶けていく。

 唇も舌も、汗も唾液も、

 全部が「私たちだけ」の証。


 シーツの中で、二人は何度も抱き合った。

 まるで渇きを埋めるように。

 カガリの瞳には、ツカサしか映らない。

 ツカサの心には、カガリしか存在しなかった。


 夜の帳が降りていく。

 幸せも、渇望も、

 すべてを共有して――

 ふたりだけの、永遠の夜が、静かに更けていった。


 ―――


 ――カガリの身体は、今夜、いつもよりも遥かに敏感だった。


 湯上がりの肌が熱を持ったまま、ベッドに倒れ込む。

 ツカサの指がほんの少し触れるだけで、背筋にぞくりと快感が走る。

 指先が、髪から、うなじ、耳、肩、二の腕、胸元、どこを撫でても――


「……ん、や……あ……」


 吐息と一緒に、甘い声が零れてしまう。


 理性が溶けていく。

 昼間の孤独と寂しさの反動。

 再会の安堵と、溢れるほどの幸福。

 すべてがカガリの神経を研ぎ澄まし、身体中を奔らせていた。


 ツカサは優しく、けれど意地悪なほど丁寧にカガリの肌をなぞる。

 爪の先で輪郭をなぞられるだけで、

 カガリはびくびくと身体を跳ねさせる。


(――どうして、こんなに……全部、気持ちいい……)


「どこもかしこも甘えて、どうした?」

 耳元で囁くツカサの声。

 その低音に、ぞわりと背中がしびれる。

 カガリは堪えきれず、ツカサの首に腕を回して強く抱きしめる。


「もっと……して、ツカサさん……」

 囁くように甘える声が、意識よりも早く唇から漏れてしまう。

 誘うように、太ももをツカサの膝に絡め、

 脚を開いて、自分から身体を明け渡す。


「……全部、欲しいのか」

「うん……。全部、ツカサさんにしてほしいの」


 恥ずかしさも羞恥も、

 今夜だけは何も要らなかった。

 おねだりも、

 甘えも、

 欲望も、

 全部――この男だけに捧げたい。


 ツカサの手が、ゆっくりと胸を包み、親指で円を描く。

 舌が、鎖骨から胸元に落ちる。

 ひとつひとつ、愛おしむようにキスを落とし、

 吐息と唾液が肌に残るたび、カガリの身体は熱くなっていく。


「あっ……ツカサさん……そこ、だめ……」


 拒むような声も、

 本当は全部“もっと”の合図だった。

 ツカサはそれを分かっていて、

 どこまでも意地悪く、でも優しくカガリを翻弄していく。


「……声、我慢しなくていいぞ」

「だめ……無理……もう、だめ……」

 声が震える。

 自分でも、どんな声を出しているのか分からない。

 でも、止められない。

 心も身体も、とろけるような熱に溺れていく。


 指が下腹部に降りてきて、

 わずかに触れられるだけで、

「ひゃっ……」

 腰が浮く。


「おねだり、もっとしろよ」

「ツカサさん……触って……抱いて……全部、欲しいの……」


 涙が滲みそうなほど、

 カガリは本音を曝け出す。

 ツカサのものになりたくて、

 もう、どこもかしこも自分の意思じゃ動けなくなっていく。


 舌が、耳をくすぐる。

 その感触だけで、息が詰まりそうになる。

 乳首を唇で挟まれ、舐められるたび、

「ん、や……もっと……」

 全身がピンク色に染まりそうだった。


(――ツカサさんのもので、いい)


 そう思った瞬間、

 すべてが解放されていく。

 腕も、脚も、声も、

 自分でコントロールできない。

“女”としての快感に、溺れていく。


 ツカサがそっと囁く。


「全部、お前だけだ」


 その言葉が、カガリの心に杭のように刺さる。

 腰を抱えられ、指で弄られるたびに、


(もう、どうにかなってしまいそう……)


 カガリはツカサの肩にすがりつき、


「……好き、好き、ツカサさん……」


 何度も、何度も呟いてしまう。


 指が、唇が、舌が、

 身体の隅々まで、

 何度も、何度も愛し尽くされていく。


「もっと、もっと……」

「ちゃんと言わねえと、分かんねえぞ」

「お願い、奥まで……全部……ツカサさんで、いっぱいにして……」


 声も、心も、もう抑えられそうに無い。

 泣き出しそうなほど、愛があふれていく。


「……いい子だな」


 そう呟くと、

 ツカサはカガリを優しく、でも激しく自分のものにした。


 どこもかしこも、甘く、熱く、

 愛されて、

 抱きしめられて、

 カガリは溺れるように、何度も、何度も、

 ツカサに溶かされていった。


 夜が深まるたび、

 カガリの声はベッドルームに響き、

 心も身体も、何もかも、

 すべてがツカサのものになっていく。


 今夜だけは――

 いや、これからずっと。

 どこもかしこも、全部、ツカサに愛されていたいと、


 カガリは心から、願った。

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