第40話『朱に溺れる支配人室』※

 障子の外で夕陽が朱に染まり、遊郭「雅」の支配人室の中は薄闇に包まれていく。

 カガリとツカサの体温だけが、その静かな和室に確かな熱を灯していた。


 キスだけのはずが、気づけばふたりの間の熱は制御できないほど激しくなっていた。

 唇がふたたび重なり、舌が、ためらいも遠慮もなく絡み合う。

 まるで喉の奥から渇きを吸い上げるように、呼吸も心拍もすべて混じりあっていく。


 カガリの背中に回されたツカサの腕が、まるで鎖のように彼女を強く引き寄せた。

 着物の衿元が乱れ露わになった鎖骨を、ツカサの唇がなぞる。

 彼の舌先が肌を撫で、キスは首筋へ、そして耳の裏へ。

 肌がぞくぞくと粟立ち、カガリの吐息が甘く細く揺れる。


「……ツカサさん、そんなふうに……」


 ふだん誰にも見せない、崩れそうな声がこぼれる。

 自分が支配人であることも、女将としての威厳も、すべて今は彼の前で溶けていく。


 ツカサは静かに彼女の頬を両手で包み、再び唇を塞ぐ。

 舌が差し込まれ、カガリは驚くほど素直にそれを受け入れる。

 ただ与えられるだけでなく、舌先で、歯列で、互いの味を確かめるように。

 深く、ゆっくりと、けれど貪るように、何度も。


 キスの合間、吐息と微かな水音が畳の静けさに溶けていく。

 ツカサの指先は肩から胸元へ。

 着物をそっとはだけて、肌の上を滑る。

 カガリの指もまた、ツカサのシャツのボタンをほどき、逞しい胸板へと触れていく。


「……もっと、してほしいのか?」


 ツカサの低い囁きが耳をくすぐる。

 カガリは恥ずかしさを隠しきれずに、けれどはっきりと頷いた。


「うん……。もっと、ツカサさんを感じていたい……」


 舌が絡み合うたびに、

 唇が離れるたびに、

 自分の奥深くに眠っていた女としての欲望が呼び覚まされていく。


 ツカサの手が腰に回り、強く引き寄せられる。

 ふたりの膝が畳の上で重なり合い、

 息遣いはどんどん荒くなっていく。


「こんなに可愛くされて……俺、もう我慢できないぞ」


 彼の言葉も、まるで熱を帯びた舌の一部みたいに、

 カガリの耳から心臓にまで染み渡る。


 舌と舌が、熱と熱が、何度も、何度も重なっていく。

 互いの体温が混じり合い、肌の上を流れる汗さえも愛おしい。


 カガリの手はツカサの首筋から肩、

 胸の起伏を撫で、脇腹をくすぐる。

 ツカサの指は背中を伝い、布地の隙間から素肌を確かめる。

 どちらの手も、どちらの舌も、

 まるで境界線が消えてしまったように、

 互いのものを自分のものとして求め合う。


「……好き、ツカサさん。

 あなたがいると、もう自分が自分じゃなくなる……」


 カガリは息も絶え絶えに、彼の耳元でそう囁いた。


「それでいい。

 俺も、お前以外いらない」


 夕暮れのなか、畳に影が長く伸びていく。

 部屋の外は、日常のざわめきと喧騒。

 けれど支配人室の中には、ただ二人の吐息と、

 唇と舌が交わる音だけが響き続ける。


 もう誰にも、何も隠せない。

 この熱、この愛、この欲望、

 すべてが正直に溢れていく。


 カガリの脚がツカサの腿に絡みつき、

 ツカサの指が、彼女の背中から腰、太腿へと愛撫を深める。


「全部、お前のものだ。

 今日だけじゃなく、これからも――ずっと」


 その言葉に、カガリの胸が痛いほど高鳴る。

 舌を重ね、唇を奪い合い、

 互いを溶かすようなキスは、

 ふたりだけの静かな炎となって、

 雅の夜の始まりに、ゆっくりと灯っていく。


 すべてを曝け出し、

 何も隠さず、何も拒まない――


 それがふたりに許された、

 いちばん贅沢な“愛の形”だった。


 畳の冷たさも、障子の外の夕暮れも、

 この熱の前では、もう意味を持たなかった。


「執務机、いいか?」

「ん――大丈夫。何もない、綺麗でしょ?」


 畳の上から、ツカサに抱き上げられたカガリは、

 そのままそっと執務机の上に乗せられる。

 冷たい木の感触と、ツカサの熱い掌が同時に背中を包み込む。


(この机で、何度も書類を捌いてきた。

 遊女たちの未来を考えてきた。

 ――でも今だけは、女としてこの場所に、彼を招き入れたい)


 机の上に腰かけたまま、

 カガリはそっと足を開き、

 彼の身体が自分の間に入るのを、艶やかに、誘うように迎え入れる。


 ツカサは一瞬、理性を押しとどめるように目を細めたが――

 カガリの足が、太腿に絡みつくのを感じて、

「……我慢出来なくなったのか?」と、静かに囁く。


 その声が、余裕と欲望をないまぜにしてカガリの耳に沁みる。


 カガリは、艶やかな微笑みを浮かべて、

 足先でツカサの背中を撫で、さらにぐい、と自分の方へ引き寄せる。

「……ふふ。うん――はやく、きて?」


 ほんの一言が、

 空気のすべてを変えていく。


 ツカサはためらいもなくカガリに寄り添い、

 身体を重ねる。


 指先が彼女の膝裏から太腿をなぞり、

 まるで熱を辿るようにして、身体の奥を探し当てる。


 カガリは机の端に手を添え、

 ふたりの熱が重なる瞬間を、全身で受け止める。

 脚をより大きく開いて、彼の腰を招き入れる。

 視線は正面から、まっすぐツカサに絡みつく。

 すべてをさらけ出す、媚びと挑発。

 どこまでも女でいたい、

 どこまでも、彼のものになりたい――そんな熱。


 ツカサは深く、息をつく。

「……お前、ほんと煽るよな。

 自分から、こんなふうに……」


「だって……あなたがほしいから。

 あなたの熱で、全部とかしてほしいの」


 ふたりの息が、もう混じりあってひとつになる。

 机の上で、カガリの背中が反り、指先がツカサの腕を求める。

 肌の感触、唇の熱、

 脚を絡めるたび、快感と期待がこみあげてくる。


 ツカサの手がカガリの背中を支え、

 そのまま身体を、そっと奥まで満たす。

 机のきしむ音すら、ふたりの熱に溶けていく。


「……カガリ、俺を狂わせるのはお前だけだ」


 その囁きに、カガリはうっとりと目を細め、

「私も……あなたにしか、こんなふうにならない」と答える。


 互いの腰が揺れ、身体の芯が重なり、

 快楽の波がひとつ、またひとつと、

 じわじわと満ちていく。


 脚を開き、

 ツカサの熱を全身で受け止め、

 声を殺しきれずに、

 ふたりだけの愛の証が、机の上に滲んでいく。


「はやく……もっと、奥まで……」


 カガリのせがむ声に、ツカサの動きが一層激しくなる。

 机の上で指と指が絡まり、

 唇がまた、求め合うように重なる。


 仕事場であり、戦場であり、

 今この瞬間はただふたりだけの、

 愛の祭壇。


 どんなに夜が深くなっても、

 この熱が冷めることはない。


 扉の向こうの世界など、

 ふたりの吐息と汗の匂いに、遠くかすんでしまう――


 机の上、ふたりだけの熱に包まれながら、

 カガリはただ、ツカサの愛を感じていた。

 どこまでも激しく、どこまでも深く、

 すべてを――彼に捧げながら。

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