第24話『初めて、ひとつになる』※
――自分が、どうしようもなくクズな男だということは、とうの昔に理解していた。
夜ごと女を漁り、手軽な快楽で満たし、どうせ誰にも本気になどなれやしないとタカをくくっていた。
いくら女が欲しいと泣いても、身体だけが目的なら、心なんて面倒なものは不要だと信じていた。
それでも、いま自分の腕の中で甘えた声を上げているカガリだけは、どこか違った。
ひとたび始めてしまえば、もう止まらない。
カガリの身体が、自分を受け入れ、すがりつき、
そのたびに甘い声を漏らす。
「ツカサさん……もっと、……もっと」
その声が、耳の奥で弾けるたび、
“これでいいのか”という自問自答が、
どこか遠くで霞んでいく。
(また、欲に負けちまったな……)
彼女は確かに、あどけない声で誘ってきた。
「壊してもいい」とまで言わせた。
あの時の目、指先の震え――
それらすべてがツカサの理性をこじ開け、男の本能を駆り立てたのは間違いない。
だが――それでも、
“女”を“もの”として扱ったあの佐藤と自分が、
ほんの一瞬でも重なるような錯覚が、
どうしようもなく不快で、どうしようもなく甘美だった。
「声、……我慢するなよ。もっと聞きてぇ」
耳元で低く囁きながら、
ツカサはカガリの髪を指で梳く。
そのたびに彼女は、
「やっ、……あ、ツカサさんっ」
背中を反らし、脚をすがらせ、シーツをしっかりと掴む。
カガリの甘えたような声――
どんなに“慣れた女”を装っても、
本当に悦びに満ちたときの声だけは、隠しきれない。
それは夜の街でどんなに金を積まれても、
演技だけでは絶対に出てこない、本物の声音。
(……もっと、聞きてぇ)
ツカサの手がカガリの頬に触れ、汗ばむ髪を耳にかけてやる。
その動作は不器用で、どこか焦っていて、
だが、その分だけカガリの反応をひとつ残らず逃さず味わおうとする熱がある。
「ツカサさん、や……すごい、もっと、欲しい……」
小さな声でそう囁かれるたび、
自責の念と欲望の奔流が、胸の奥でせめぎ合う。
(こんなに壊れそうな女を、また欲にまかせて抱いている――
でも、どうしようもなく欲しい。俺だけのものにしたい)
カガリの手がツカサの背にまわり、
指先が震えながら、しがみつく。
そのたび、カガリの胸の奥まで、自分の存在を刻みつけている実感が波のように押し寄せてくる。
「……ツカサさん、私、嬉しいの。こんなに……」
涙混じりの声でそう告げるカガリに、
ツカサは言葉が出なくなる。
佐藤に壊された“傷”ごと、
彼女の全部を、自分のものにしたいと、今までで一番本能的に思う。
「お前が、……俺を欲しいって言ってくれるだけで、全部救われるんだよ」
カガリは、かすかに首を振りながら、
「私も、ツカサさんじゃなきゃ駄目なの……」
その言葉に、ツカサは何もかも忘れて、
ただ彼女の中で、彼女の声を、吐息を、体温を感じながら、
さらに力強く動かした。
カガリの身体が跳ねる。
その小さな顔が、快感と涙と幸福にゆがむ。
「あ、ああ、ツカサさん、……あ、すごい、だめ……」
声が震え、喉が詰まる。
そのたびにツカサは、自分の身体をもっと預けていく。
欲望だけでなく、
過去の自分への贖罪も、未来への祈りも、
すべてこの女の中に溶かしてしまいたかった。
(お前は、もう俺のものだ。何度だって、俺の声を、俺の名を、俺の熱で塗り替えてやる)
カガリの名を、何度も囁く。
そして、自分の名も、何度も呼ばせる。
ふたりだけの世界で、
誰にも邪魔されず、
誰にも見せなかった弱さも、汚さも、
全部さらけ出して、
汗と涙と吐息が混じり合う。
「ツカサさん、……好き……壊して、私の全部……」
その一言に、最後の理性の残滓が消えていく。
ツカサはもう何も考えず、
自分のすべてをカガリに注ぎ込んでいく。
カガリもまた、すべてを受け入れて、
ただひたすら、快感と幸福に浸っている。
部屋の空気は熱く淀み、
シーツは乱れ、ベッドは軋む。
何度も何度も、
「ツカサさん……」「カガリ……」
名前を呼び合い、名前を刻み合う。
ツカサは、人生で初めて、
“この女だけを抱きたい”と、
心の底から叫びたくなった。
――――
ツカサの腕の中で、カガリの身体が小さく跳ねる。
ベッドの上、シーツの乱れも、額を伝う汗も、すべてが二人の熱で濡れている。
ツカサの腰の動きが深く、確かになり、
カガリの奥まで、彼の熱が押し寄せてくる。
指先が強く背中をなぞり、肩を抱き、
ふたりの吐息が絡み合う。
「……カガリ……」
名前を呼ぶ低い声。
その声音だけで、全身が震える。
ツカサの唇が耳元をかすめ、首筋を優しく噛む。
「もう、だめ……ツカサさん……っ!」
声を抑えきれない。
快感が波のように全身を駆け抜け、
心も、身体も、ぜんぶ解けてしまいそうになる。
ツカサもまた、
彼女の声と、熱と、潤みと、
すべてに突き動かされるように、
最後の一線を超えていく。
「……カガリ……っ」
重なったまま、深く深く、二人は溶け合う。
ふたりの名前が重なり合い、
その瞬間、世界のすべてが白く、甘く、やわらかく、溶けて消えた。
カガリの爪がツカサの背中を引っかき、
ツカサの腕がカガリの身体を強く抱きしめる。
声も、涙も、汗も、呼吸も――
すべてが、幸福に包まれていった。
ふたりきりの世界、
生まれ変わるような快楽と救済のなかで、
カガリもツカサも、
初めて「本当に誰かと一つになる」瞬間を、
心と身体の奥底で刻みつけていた。
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