逃亡令嬢エリクの気ままな旅 〜星爆破大量殺戮の濡れ衣を着せられた宇宙で唯1人のスーパータイプ【超人】少女は宇宙警察と賞金稼ぎに追われながら相棒ロボとともに星から星へ旅を続けます〜
第2星話 ガンマンの星 【西部劇】 【銃の掟】 【勇士の銃】
第2星話 ガンマンの星 【西部劇】 【銃の掟】 【勇士の銃】
ウェルト星。
銃の掟が支配する星。
資源輸送の中継基地だ。
長逗留するところじゃないな。
エリクは思った。愛機ストゥールーンを降り、
町の
「ここはちょっとうるさすぎるな」
エリクは町外れへと向かう。
「よう、姉ちゃん、どこ行くんだい?」
「商売しに来たのか?」
「ハハ、ここで金持ってる男なんていねーぜ」
「俺たちがここを案内してやるぜ」
「どうだ、一緒に遊ばねーか?」
無視して歩く。17歳の少女はここでは珍しいようだ。エリクは黒のブラウスに襟元の赤い
男たちの視線が集まる。冷やかしの声が強まる。
とにかく無視して歩くしかない。エリクの黒い瞳、誰とも目を合わせない。
しばらく歩くとーーそれほど大き町ではないーーやっと喧騒が遠くなる。人影も、建物も、
乾いた風が、砂塵を運んでくる。
場末に。
一軒の
本当に町のはずれだった。この先には、もう店も人家もない。風の吹き荒ぶ岩だらけの曠野。
どうしようか。
中から聞こえてくる物音。人の声。荒れてはいないようだ。
エリクは、
カウンターの向こう側には、ここの
カウンターの客は1人。でっぷりと太った中年の男。カウボーイハットをかぶり、革のジャケットに革のズボン。革のブーツの踵には、拍車が光っている。
全身革装備のカウンターの男の腰。両側に
ここでは、銃の携行は珍しくない、むしろ普通だった。
テーブル席の客は、若い男の4人組。みな、
会話が止まり、沈黙が支配する。エリクはカウンターへ。カウンターに椅子は無い。
「オレンジジュースを」
エリクは言った。
「子供か?」
テーブル席の若者4人組。
「嬢ちゃん、家で寝てろよ」
エリクは見ない。オレンジジュースのグラスを取り上げる。自分が場違いなのはわかっていた。ここでオレンジジュースを頼むのも。本当はミルクティーか、チェリーカモミールドライが飲みたかった。しかしこうした
これだって安心できない。とんでもないものだったらどうしよう。エリクは、慎重にオレンジジュースを舐める。うん。ごくごく普通のありきたりなオレンジジュースた。とりあえずこれでいいや。
テーブル席の若い男4人組。オレンジジュースを飲む少女に興味をなくしたらしく、また、ワイワイと、自分たちの話を始める。
エリクは、ほっとした。変に絡まれずにひと時を過ごせればそれでよいのだ。ずっと
カウンターには、エリクの左隣にカウボーイハットのおっさん。テーブル席は、その左にのほうにある。エリクの左太腿のガーターリング。あっちの若者たちには、見えないだろう。何も、無理に刺激する事は無いのだ。
エリクはゆっくりとオレンジジュースを飲む。
左のでっぷりとしたおっさんは、目の前の小さなグラスの褐色の液体を、静かに飲んでいる。
おっさん。一切、エリクの方を見ない。まるでエリクが、存在しないかのように振る舞っている。エリクが
おっさんの右腰の
エリクはチラチラとおっさんを見る。でっぷりとした、カウボーイハットのおっさん。全身革ずくめ。ブーツの踵の拍車は何のためなんだ?
注意深く観察する。丸顔だ。立派な髭。その眼光は、柔和に見せようとしているが、鋭さを隠せていない。でっぷりとしているが、ブヨブヨとはしていない。男のわずかな仕草から、エリクは見抜いた。その全身に、力が漲っている。鋭さを隠している。革のスーツで抑えなければ、飛び出してしまうなにかを。
「お嬢ちゃん、だめだよ」
ハハハ、
テーブルの若者4人組から、笑い声。
「嬢ちゃん、俺たちと一緒に飲めよ。しけたおっさんより、俺たちの方がよっぽど気前がいいぜ。おっさんはグラス一杯に1時間もかかるんだ。懐になんにもねえのさ」
また、ハハハ、と、笑い声。
エリクは無視する。
おっさんはーー静かに、グラスを傾けている。確かにほんのちょっぴりずつだ。褐色の液体は、全然減らない。若者の嘲笑にも、顔色一つ変えない。
やがてまた、テーブルの若者たちは、自分たちの話で賑やかに盛り上がる。
まったくもう。エリクは思う。
おっさん。ただ者ではない。それはひと目見ればわかるはずなのに。でも、全然みんなには見えてないんだ。そういうものなのかな。
ともかく。ここにいるのが誰か詮索しに来たわけじゃない。ただ、私は地表でほっと一息つきに来ただけだ。でも。おっさんの腰の銀の
いけないな。オレンジジュースを飲んだら、すぐにここを出よう。必要なものを買って、ストゥールーンに戻るんだ。
オレンジジュースの最後の1口を飲み干そうとした時、
「エリクだ!」
突然自分の名前を呼ばれ、ぎょっとして手が止まる。思わず見る。テーブル4人組の1人、金髪で、まだ幼い顔立ちの若者。片手でグラスを持ち、もう片方の拳を突き上げている。
「ついに始まるぞ!」
「どうした?」
黒髪のやや落ち着いた雰囲気の若者が言う。金髪の若者は一瞥して、
「なんだ、知らんのか。ついに始まるんだよ」
「だから何が?」
「エリクだよ。知ってるだろ? 宇宙史上最高額の賞金首。やつの命運が、とうとう尽きるのよ」
「エリクの命運が?どうして?」
「アープだよ! ライヤット・アープ! アープがついにエリクを仕留めるんだ」
おお、と若者たちが声を上げる。
「本当か? アープがエリクを?」
「そうだ。もうこの話、そうとう評判になってるぞ。ついに俺たちのヒーロー、アープが立ち上がったんだ」
「アープ 対 エリク! これは世紀の対決だ! 実現するんだ! 夢みたいだ!」
「アープか」
黒髪の落ち着いた若者が言う。
「ライヤット・アープ。宇宙一の賞金稼ぎ。その名は全星系に轟いている。しかし、その姿は誰も知らない。そしてエリクも。面白い。この勝負、どっちが勝つんだろうな」
「そりゃ、決まってるぜ!」
金髪の若者、椅子から立ち上がって、叫ぶ。
「アープだよ! 決まってるだろ! アープに決まってるじゃねえか! エリクも年貢の納め時よ」
「それはどうかな」
黒髪の若者は、あくまでも冷静。
「なに!?」
金髪の若者、黒髪の若者を睨む。
「なんだ、お前はエリクが勝つって言うのか?」
「流した血の量が違う」
黒髪の若者、低い声で言う。
「血の量?」
「ああ。エリクが殺したのは5000万人、いや7000万人とも言われる。それに対し、アープが倒したのは、15人、多くて17人だ」
「へっ、」
金髪の若者、さらに声を張り上げる。
「なんだ、そんなの。エリクはただ、星を爆破して大勢殺しただけの悪党、臆病者の卑怯者の弱虫さ。それに対しアープは真のヒーローだ。アープが倒したのはみんな腕利きのひとかどの賞金首ばかりだ。エリク!? 勝負になるわけねえよっ!」
勝ち誇った声。
「それは、どうかな」
強く、太い声。
カーボーイハットのおっさん。
グラスをカウンターの上に置いて、若者たちの方を向いている。
「なんだよ、おっさん」
金髪の若者、中年男を睨む。
「おっさんが、アープに、ケチをつけるのか」
「アープにケチをつけようというのではない。エリクについてだ」
「エリクがどうしたって?」
「星を爆破して、幾千万もの命を奪った。実際に彼がそういう事をした、としてだが……それは、誰にでもできることではない」
「ただ、ボタンを、ポチっとしただけだぜ」
「やれるというのとやるというのは違うのだ。君なら、そのボタンを押せるか?」
「ボタンを? そりゃ……」
金髪の若者は、妙な汗をかいていた。正面からおっさんの視線を受けて。なんだ、このおっさん。妙な目つきをしてやがる。おかしい。体に震えが……
「それに、私は、エリクが
おっさんの言葉、重く響く。狭い
若者たちは黙り込んだ。
金髪の若者は、じりじりする。妙な汗が出る。おかしい。奴はただのしけたおっさんじゃねえか。急にでかい態度しやがって。何なんだ? おい、どうしたんだ。みんな。こんなおっさんにびびるなんておかしいぜ。
「なあ、おっさん、エリクのことを、やけにベラベラ喋るじゃねえか。あんた、エリクを知ってるのか?」
「知らん。私はただ、皆が話していることを、話しているだけだ。君が会ったこともないアープについて、話しているようにね」
金髪の若者は、キッとなる。だめだ、これは。若者は4人組のリーダーだった。これでは示しがつかない。こうなったらーー
「おい、おっさん、いい加減にしろよ」
しかしーー
「なにをしているのだ」
カウボーイハットのおっさんのさらに力強い声が
「君は、自分のしていることがわかっているのか」
金髪の若者の手が止まる。中年のおっさんの、厳しく、堂々たる視線。それに射すくめられて。
「若者よ、
おっさんは、ゆっくりと、しかし強く低く響く声で言った。おっさんの姿、ぐっと大きく見えた。
「君に、殺されるという覚悟はあるのか?」
金髪の若者は、蒼白になっていた。汗がびっしょりと。だが、退くわけにはいかない。
「うるせーっ!」
金髪の若者の手が、
バアアアーン!
銃声がした。
金髪の若者は、吹き飛ばされるようにして、床に倒れた。
カウボーイハットのおっさんの左手には、
黒髪の若者が、倒れた金髪の若者の体をかばう。
「こいつはただふざけてただけなんだ、本気じゃなかったんだ。許してくれ」
「心配ない。
おっさんが言う。
みなが、倒れた若者を見る。若者の腰の左右の
エリクは立ち上がった。そして、カウンターにオレンジジュースの代金を置くと、マントを翻して、
沈黙が
カウボーイハットのおっさんは、カウンターに向き直りグラスを取り上げ、残った酒を、ぐっと一気に呷る。そして、青ざめている
「何、わしも若い頃は、方々で無鉄砲無作法をしたものだ。それが若者というものだ。では、騒がせたな」
酒の代金をカウンターに置く。そして、
おっさんが出て行った後ーー
床に仰向けに倒れ意識を失ったままの金髪の若者、それを取り囲む仲間。
黒髪の若者は、おっさんが出て行った後も、ずっとユラユラ揺れる
今の銃捌き。そして圧巻の凄み。
間違いない。
あのおっさんは、
ライヤット・アープ。
◇
エリクは歩いていた。町外れから、さらに曠野へと。岩だらけの、でこぼこした大地。今日は両足とも黒いブーツ。正解だった。町を出ると誰もいない。ただ、どこまでも続く曠野。もう少し行けば、人工大気も尽きるだろう。
エリクは立ち止まった。誰かが後を尾けてくる。
振り返る。
おっさんだ。カウボーイハットの、全身革のスーツの、でっぷりとした巨軀。おっさんも足を止める。
二人の視線が出会う。
おっさんが言った。
「エリクだな」
おっさんは、体をかがめ、重心をやや低くし、両手を広げ、下に。戦闘態勢だ。瞬きする間もなく撃つことができる。
「私はライヤット・アープだ。お前を追って来た」
「なぜ」
吹き荒ぶ風が、エリクの亜麻色の髪を、乱す。
「お前は賞金首。そして私は賞金稼ぎ。それ以上、言うことは無い」
ビュウビュウと風が吹く。
対峙する二人、微動だにせず。
しばらく見つめあってーー
口を開いたのはアープ。
「私の右の
アープ、左利きなんだ、エリクは思う。
「強者の戦い……か。では、弱者の戦い、みせてやろう」
エリクは、腕を、胸の上で
また、沈黙が支配する。風だけが吹き抜けていく。
ガクッ、
アープの膝が崩れた。
「
エリクが叫ぶや、金色の光で包まれる。
「
ダアアアーッン!
アープの
エリクの右脇腹を抉る。血飛沫が舞う。エリクは膝をついた。そして、右脇腹を抑える。大丈夫だ。損傷率4%。すぐ
アープは。乾いた大地に空を仰ぎ倒れ伏し、もう動くことができない。
ややあって。
エリクは、声を震わせながら、
「
アープは、やっと顔をエリクに向ける。その瞳に宿る最後の光。
「勝ったのはお前だ、エリク、お前は真の強者だ。強者よ、どうか、私の最後の望みを聞いてくれ、私の
ライヤット・アープの瞳から、光が消えた。
エリクは、しばらくの間、じっと、生命の灯が消えたアープを見下ろしていた。
そして、アープの右の
エリクは立ち上がた。しっかりと大地を踏みしめ、空に
青い光が放たれた。虚空に。煌めく星々へと、光が伸びる。
音はしなかった。
なんだ。もっと凄い音がすると思った。この星中の人が驚いて飛び上がるような、爆音破裂音轟音がすると思った。
みなで、不世出の賞金稼ぎ、ライヤット・アープの新たな旅立ちを、見送ろうと思ったのだ。
エリクは星空を見上げる。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。
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