第十一話
「お前さん、わざわざ・・・」
「実際に一度作ったものだ。”再作成”を依頼しただけだ。無地より、字が彫ってあった方が何かと後で役に立つだろう」
「・・・これと嬢ちゃんの持ってるのが一致したら、嬢ちゃんはこの世界の人間だという証明じゃな。まぁ、向こうで魔法を習得しているかどうかは不明だが」
「身元が明確になれば後は何とかなる」
「お、すごい自信じゃな」
院の入口から最上が出てきて、車の助手席に座っているおじいちゃんに出生バンドを渡した。
おじいちゃんはその出生バンドを見て最初は顔を歪めたが、まぁ良いかと流した。
出生バンドには最上の苗字が英語で彫られている。自身の子供が生まれた時の出生バンドを再作成してもらったのだ。
「いやしかし、どうせなら無地のほうが後で解析しやすかったか?いや、彫り口の削れ具合も照合の材料の一つとなりうるか・・・いやしかし、彫り口は日常生活で変化する可能性があるしなぁ。あと、異世界の空気や物質の影響もあって化学的反応で変化したらあまり証拠には・・いや、大丈夫か。一つでも多く証拠があればあのイケメン太郎を完膚なきまでに・・・」
隣でブツブツ言い始めて自分の世界に入ったおじいちゃんを横目に、最上は車のエンジンをかけて発進させる。そう、自分が一年前にシャッターを壊した工場へ向かう。
ガチャ…
リリがトイレの扉のロックを解除した音がした。
「リリさん!かならず上着を被ってくださいね!!」
音で気付いたイッセイがすかさず言う。
神風は疑問に思った。この世界の人間だと言われて、尚且つデータもある人間の顔を何故未だに隠すのだろうか。彼女の顔になにか傷でもあるのだろうか。
いや、彼女は異世界で王女だと言っていた。それに先ほどの横暴な態度からもわかる。
そんな存在が顔を怪我などするものか。
「離れたここからで良い。彼女の顔を見させて貰いたい」
「ダメです全部終わってからのお楽しみです」
「君は時々おかしなニュアンスでモノを言うね」
「本当ですよ、きっと円満に終われますから」
「そんなに見せられない顔なのか?」
今見せたら何かに支障が出る。計画が変わる。何をもってこの件を収束と呼ぶのかわからないが、それまでにイッセイの頭の中に【顔を見せる】という事は組み込まれてないのだな。と思いながらふと口にした言葉。
「神風さん、その言い方だと誤解を招きます。今見せるべきではないだけであって、決して見せられない顔の造りでは」
「イッセイ!!どう言う事なの?!これ被ってろって、私の顔が醜いからって意味なの!?!?」
「ほら、こうなる」
「キミ、落ち着きなさい。今のは僕の言い方が悪かった。でもキミの言動は横暴が過ぎる。仮にも一国かどこかの王女だか姫なんだろう?少しは」
「お黙り!!!イッセイどうなのよ!これ被っとけって言うのは何の為なの!!私の顔が醜いと言うのは本当なの?!正直に仰い!!」
イッセイはセイタと話す時の様に心底面倒だと言う顔を一瞬神風にしてしまったが、すぐにいつもの顔に戻し感情を無にしてリリの方を向いて話す。
「リリさんは醜いとは正反対です。可愛いですよ。被って貰いたいのは本当に貴方の為ですから」
「イッセイの言葉を信じたいけどもう信じられないわ!貴方どうしてくれるのよ!ずっと失礼な言葉ばかり私に投げかけて!」
「顔の件については言い方が悪かっただけのただの誤解だ。そんなに噛みつく必要無い事だろう。王女だろう?今までだって散々可愛いと言われて来ただろう。全て嘘だと思うのかい?」
「王宮の人間のこと言ってるんじゃ無いの!!イッセイが!イッセイが私の顔をどう思ってるか!なんで上着を被せ続けてたのか!って話よ!貴方話が通じないわね!!」
子供の癇癪だ。ものすごく喉が擦り切れんばかりの声量と声の高さだ。
顔を見ていない神風からすると、横暴な言動と今の癇癪だけが彼女の印象である。すなわち最悪だ。悪い印象しかないと、何か気に触ることを言われると、許容しようとする気持ちが普段より薄れる。つまり、神風はリリに対して出会った時よりも容赦がない状態になりつつある。
「だいたい、貴方に指示をしている人は、私の事を一旦置いておけみたいな事を最初に言ってたんでしょ?!なんであなた追いかけてきてるのよ!」
「君には関係のないことだが、君が異世界人である以上、確保しなければならないんだ」
「そんなの言いがかりよ!」
「じゃあ聞くけど」
「何よ!!」
「今は国暦で何年だ!!!」
「っっつ・・・!!」
ここまでテンポよく反論し続けていたリリが言葉に詰まった。答えられないのはもうこの国の暦の今の年数が分からないからである。この言葉の詰まり方は、異世界人だと認めたような、バラしたようなものである。
イッセイがあーあという顔をした。
「卑怯よ!!そういう質問するのは!!貴方30も超えた大人なんでしょ?!恥ずかしくないの?!子供をこんなに追い詰めたり責め立てて!!貴方自身に子供はいないわけ?!」
「子供はいないし、これは仕事だ。この世界、この国を守るためだ」
「自分の国の人間だけ守れれば良いとでも思ってるの?!とんだ視野の狭い機械人間だわ!」
「君と生きている世界が文字通り違うんだ。視野が狭いと言うが、全国民、全世界の人間を助ける義務も方法もない。僕は、”決められた任務”をずっと遂行し続けているだけだ」
「話にならないわ!」
神風もリリも引かないのでイッセイが会話に割って入った。
「リリさん、落ち着いて。責任が大きいことをしている事が正しいとか偉いとか称賛されるという認識を持っているなら、今からでも物事を捉える視点を変えたほうが良い」
「イッセイも突然入ってきて何訳わからないことを言ってるの?!黙ってちょうだい!ほら!貴方のせいでイッセイが私に反論してくるようになったじゃないの?!どうしてくれるのよ?!」
この世界に来て自分をずっと一緒にいてくれてるイッセイから同意を得られなかったり反対の意見を言われると、味方が誰一人いないリリは孤独感に支配される。自分を捕えるつもりの神風に対してずっと恐怖心や嫌悪感を抱いて一人で対立しているのに、自分側からイッセイが離れていくような感覚や、価値観を否定された認識がより一層リリの感情を荒ぶらせていく。リリとて11歳の少女なのである。
「何よ・・・!!何よ・・・!!」
もう感極まって泣き叫びながらも言うリリは、自分の持っている武器である磁場砲を構える。上着を被ったままだが磁場砲は広範囲に効果がある為大体の方向で効き目がある。
「リリさん、いくら機械にしか効果がないとしてもそれはおろしてください」
イッセイの言うことも聞かぬ状態となった。
「あなたなんかね…!あなたなんて魔法が」
リリが発した”魔法”と言うワードに神風がいち早く反応した。
物凄い腕の速さで実弾が3発残っている拳銃をリリに向けたのである。
リリは驚いて磁場砲の引き金を引いた。
超音波の様な高音の機械音が響いた。
しかし、実弾入りの拳銃は絡繰仕様のためコンピューターなどの機械始動ではない。その為、磁場砲は対拳銃には全くもって意味がない。
間髪入れずに神風が拳銃を発砲した。
リリの後ろには磁場砲が転がっている。
「動くな。次は手を撃つ」
リリはその場でしゃがみ込んだ。実弾を撃たれたのだ。全くもって掠りもしていないが、自分の持っていた磁場砲だけが撃たれて吹っ飛ばされたのだ。
恐怖だ。次は本当に撃たれると思った。
一方、イッセイは反対の思考であった。
リリの手には掠りもせずに磁場砲の銃口らしきところだけを真っ直ぐに撃ち抜いた。ダーツでブルを当て続けるように難しい事を咄嗟にやっても照準を間違わない正確さにイッセイはこんな場面でも感心する。
"魔法"と言う言葉をリリから聞いて神風の瞬時の思考で魔法が使える可能性が高くなったのだろう。
ただ、今まで何もして来ずだったリリが、磁場砲を持った今突然”魔法”を口にした。もしかしたら、磁場砲に魔法に関する何かしらの仕掛けがあるやもしれない…きっと他にも何パターンも何か浮かんだであろう神風が、磁場砲だけ破壊した。
リリごと撃たなかったのだからもうそこまで心配しなくて良いだろう。
「"魔法"が使えるのか?君は」
神風が念の為にリリに聞いた。もし使えたとしても素直に答えるわけはないであろうが、この癇癪を起こして我を見失っている状態での反応を見たいと思った。恐らく、魔法が”使える”、”使えない”をわざわざ”言う”、”言わない”の忖度や今後の影響などは流石に考えられないだろう。
「…っ魔法がっ!!!使えたら!!使えたら!!あんたなんかやっつけてやる!って言おうとした…だけよ!!
…っ!!魔法なんて!!っっ!あるわけ無いじゃないの馬鹿じゃないの!?!?!」
癇癪も最高潮だ。
「君の世界には魔法はないのか?」
銃口はリリに向けたまま、神風が聞く。
「ないわよ…っっそんなもの!機械文明だけよ!!あんた馬鹿じゃないの!?!」
ボロボロと涙を流しながらリリは神風に負けじと噛み付く。
この世界の11歳は銃口を向けられたらまず喋れない。怯えるだろう。それでもリリは泣きながらも答えた。王女のプライドか、はたまた本当にただの負けず嫌いか。
そこまでして言い返すリリの頭に掛けられた上着がズレて目が見えた。神風はすかさず予備のスキャンを向けて引き金を引いた。今度こそは何にも妨害されず、スキャンした情報が機関のサーバーまで瞬時に転送されて、情報を持って還ってくる。
その間、2秒。
最新のリリの画像とともに、彼女の身元の詳細データが機関から還ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます