第十二話
「ファ〜〜〜〜〜。法定速度で走るとこんなにも時間が掛かるもんかね!」
「法定速度を普段から守っていない発言と捉えて良いか?」
「いつも、えーっとあれじゃよ、あの、家で遊んでるんじゃ。自宅から職場までの通勤シュミレーションゲームを開発してな、時速160キロで通勤してるんじゃよワシ。だから遅く感じて」
「もうちょっとマシな嘘はないのか。着いたぞ」
おじいちゃんは見慣れた工場に到着して車から降りた。
最上を待つ事なく、以前派手に壊されて新しくしたシャッターをくぐり、出生バンドを手に持って工場の中へどんどん進んでいく。
「イッセーーイ!!おじいちゃんが到着しましたよー!」
おばあちゃんがお昼ご飯を持ってきた時のセリフと同じように言った。
「おおん?」
おじいちゃんが謎の声を発した。
イッセイは大泣きしたであろう目を泣き腫らしたリリを宥めていた。リリの後ろには磁場砲が転がっている。なんだかよく分からないが、一悶着あったなとおじいちゃんは悟った。そして、神風が制圧をしようとしたのかと思ったのだが、制圧しようとした本人の様子がおかしい。そう、神風の顔付き、顔色が良くない。
「おい、太郎。お前さん顔悪いな。いや、イケメンだから顔の造形とかバランスはどんな表情してても結局はイケメンじゃ。腹たつけど。あ、そう造形じゃなくて、表情な。顔色と表情が悪い。見たことねえぞ」
神風がおじいちゃんを見た。見たが、おじいちゃんの言葉には一切反応せず、周りを目だけで探っている。そして、少し遅れてやってきた最上の元に駆け寄ると、頭を下げ腰を90度に折り、静かに謝罪をした。
「最上さん、指示を聞かず、個人の判断で動きまして大変申し訳ございませんでした」
突然の謝罪に最上は一瞬面食らったが、神風の手元には予備のスキャナーがあった。きっと、最上が一度は伝えようとして諦めた件がわかったのだろう。
「いや、君がちゃんと納得する説明を事前にできなかった私が一番悪い。気にしなくていい」
「ですが・・・!」
「よーし!なんか知らんがとりあえず”コレ”じゃ!イッセイ!このバンドのデータ解析よろしく!」
言って、リリを宥めているイッセイに出生バンドを投げた。
「じいちゃん、わかるでしょこの状況・・・」
「お前分析設定の指定コマンド入れるの得意じゃろ?作ったじいちゃんより使いこなしてるんだから」
「わかったよ。リリさん、少し動きますよ?」
目を腫らしているリリは、イッセイの腕にしがみついて離れる気配は微塵もない。イッセイは、リリと一緒に分析機器の元へ行く。
「リリさん、それ、お借りしたいのですが良いですか?」
リリは、自身の腕をイッセイの腕に絡めたままで器用にバンドを外して渡す。その間会話は無しである。一時的だろうが拳銃を向けらた事がかなり精神に響いているらしい。
イッセイが、おじいちゃんが持ってきた出生バンドと、リリの付けている出生バンドをトレイに並べて置いた。
その後に、三重構造になっている箱型のガラスケースに入れた。
一重目は透明の箱。
二重目は透過オレンジの箱。
三重目は黒いガラスの箱。
中に入れてしっかりと最後にレバーを回して密閉状態にする。
それから機械の電源を入れて設定をし始めた。
「素材の照合の項目は、こちらの世界の呼び名で、シリコン部分、金属部分、シリコンと金属を繋いでる金属部分。次いで、金属部分の文字盤の彫り口、彫り口の角度、彫り口に付着している彫刻機の粉塵物質の照合。こんなもんでいいかな?」
「基本、シリコンと金属部分の2つが一致しただけでほぼ確定だけどな。今回のワシの目的は完膚なきまでにじゃからそれくらいがちょうどいいじゃろう」
設定を完了したイッセイが、分析開始のボタンを押した。
最初はピコピコとした音が続いていたが、そのうちに”ビビーーー”という音と共に光が箱の周りをぐるぐると回り始めた。オレンジ色や黒色の着いたガラスの中だからこそまだマシだが、それでも凄まじいほどの光が箱から漏れ出ている。
「3分くらいかかります。目に影響はありませんが、まぁ眩しいので少し離れましょう」
イッセイは分析器の設定中ですら腕を掴んだまま一切離さないリリに向けて優しく言った。リリも言葉は発せずに首を縦に振り、頷くことで意思表示をした。おじいちゃんは、掛けているゴーグルのレンズの色設定を変えて、眩しくないようにして箱の中を興味津々にのぞいている。
分析が完了した。
【分析完了ー照合率99.8% 不一致部分:金属彫刻部分の粉塵】
先ほど作成した出生バンドは、金属彫刻部分の粉塵が残っている。一方、リリの出生バンドは、普段から身につけているため、彫刻部分の粉塵は綺麗に落とされている。違いがその一点だけだった。原子レベルで全く同じ素材である。これで確定した。リリが付けているのは”この世界”の出生バンドで、リリがこの世界で生まれた人間であるという証拠になった。
「太郎ー!!!見たか!!一致じゃ!証明したぞ!いいか!どうだ!まいったかぁー!!今から説明してやるぞ!コレが一致したという事がどういう事か!まずあっちとこっちでは原子レベルで物の」
「あぁ、もういんです。素材とか、どっちの出身が本当だとか、どうでも」
「ぬぅわんじゃとーー!!!!!ここまでやったのに!なんじゃ?!これが俗に言う蛙化現象・・?!最上!どうなっとるんじゃ!!」
「神風は蛙ではない」
「イッセイ、これどういう意味?」
おじいちゃんが騒いでいるのを傍目に、リリが久々に口を開いた。自分の付けていた出生バンドと”全く同じもの”が並べてある。文字は読めないから意味が分からない。ここにいる大人たちは、《リリが、もともとは”この世界”の生まれであり、”異世界で育った”》事を知っている。しかし、リリ本人は《異世界に来てしまった》という認識だ。その異世界で、自分が幼少の時から肌身離さず付けていたバンドと全く同じものが目の前にある。何か腑に落ちない。そう思いながらイッセイに話かけた。
「それについては、今から話しをした方がいいですね。でも、その前に他の人と話してきます。リリさんに説明をするのに、俺たちの中で勘違いとか、認識の違いがあってはいけないですから。少しの間、一人になりますが待ってもらえますか?あ、大丈夫。ここは本当に安全な場所ですから」
「・・・うん」
「じいちゃん、ちょっとこっちに来て。最上さんと神風さんも」
イッセイが、普段お昼ご飯を食べるお部屋にリリを案内してから大人3人を呼んだ。
「まず、彼女はこの世界の人間であることはもう皆んな共通の認識でいいかな?」
イッセイの最初の質問に全員が首を縦に振った。続けて話す。
「リリさんに説明しよう。本当はこの世界の生まれだってこと」
「言わなくてもいいんでねぇか?この世界と自分の育った世界、どっちで生きていきたいかだけ聞いて選んで貰えば。」
「自分の持ってた出生バンドと全く同じものを出されたんだ。異世界にきてだよ。あれ?って思うでしょ。あと、今はまだ彼女を元の世界に還すのを待った方が良いと俺は思ってる。理由は後で言うけど」
おじいちゃんはリリにはこれ以上頭を悩ます余計な情報は入れずにただ生きたい世界を選んでもらうほうが良いという。
「…何も話さなければ、自分が生きてきた世界に帰りたいって思うよ」
「そもそも帰る手段とは?」
神風の質問だ。
「あー。それは追々になるかなー」
おじいちゃんが雑に誤魔化す。
「説明するのは?俺は、最上さんが良いと思う」
最上を真っ直ぐ見ながらイッセイが言った。
「はぁ?イッセイ本気か?いくら機関の指揮官とて、子供相手にこの強面の言葉足らずが嬢ちゃんとまともに話せるかや?」
「最上さんが、一番適任だと思う」
「まぁ、お前さんがそういうなら。最上は?言うんか?」
「やろう」
「それとも太郎、お前さんやっ」
「やりません。僕ではできません」
「まぁ、何を言ったかやったかは見ちゃおらんが想像がつく。こっぴどく泣かしたらしいしな〜」
おじいちゃんが神風の方を向いてニシシと楽しそうに笑っている。
神風は、大層罰が悪そうな顔をして、最上をみては済まなそうな顔をしている。
「じゃぁ、大事な役目は、”ふさわしい方”にお願いしよう」
お昼ご飯を食べる部屋にリリは一人で待っていた。
壁が全面スクリーンと化していて、森の風景や海の映像が映し出されていた。
束の間だが、少し心が穏やかになりそうだ。
ようやく落ち着いた時に部屋の扉を叩く音がした。
コンコンーーーーー
「リリさん、イッセイです。入って良いですか?」
「良いわよ」
言って、扉を開けたのはイッセイだったが、イッセイは扉を開けただけで、先頭で入ってきたのは身長186cmもある神風の上司の大男だ。
リリは身構える。
「リリさん、大丈夫ですよ」
イッセイがすかさず安心させようと声を掛けた。
その後からイッセイ、おじいちゃん、神風も入室する。
「それでは、こちらの最上さんから話をしてもらおうか」
「イッセイが話して」
「大事な事だから、適任の方から話を聞きましょう。ね?」
イッセイからの話を期待したリリだったが、まさか自分に拳銃を発砲した男の上司が話すときた。すかさずイッセイから話してもらおうとしたがダメだった。しかし、もしこの男が、みんながイッセイの家にいる時に神風に電話をしてきた上司であれば、”自分を捉えなくて良い”と一度は言った男だ。手荒な真似はしないかもしれないと少し期待をする。
「では、私から話そう。まずは、私の名前は【
「・・リリ。アスカ=リリ・クリストアリアと言います」
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