2050年の緑舌(りょくぜつ)

奈良まさや

第1話

2050年の緑舌(りょくぜつ)


第一部

第零章:純愛の始まり(2049年春)


桜の花びらが舞い散る大学キャンパス。

文学部の陽太(21)は図書館で、心理学部の澪(20)と初めて出会った。二人とも恋愛に臆病で、澪は過去の恋で深く傷つき、陽太は人との距離を測りかねていた。


「本って、人を裏切らないよね」


澪がつぶやいた言葉に、陽太の心は震えた。同じ痛みを抱える人の存在を、初めて感じたのだった。


図書館のカフェで語り合う二人。澪は虐待を受けた過去を、陽太は父親の借金で家族がバラバラになった経験を。互いの傷を見せ合うことで、少しずつ心の距離が縮まっていく。


「僕は君を絶対に傷つけない」

「私も、陽太くんの心を大切にする」


そんな誓いを交わした二人の愛は、純粋で、深く、そして運命的だった。


第一章:キスの重さ


2050年春、世界初のゾンビ感染が東京で確認された。


感染経路は唾液。潜伏期間中の「ステージ1」では症状は現れないが、舌が薄緑色に変色することで判明する。付き合って1ヶ月の陽太と澪は、互いを疑うことの苦しさに耐えかねていた。


ある夕暮れ、澪は冗談めかして陽太にキスをした。

「もし私が感染者だったら、どうする?」

「そんなこと、考えたくもない」


翌朝、鏡を見た陽太の舌は薄い緑色に変色していた。


陽太は怒りと絶望で澪を問い詰める。澪は泣きながら否定するが、陽太の心は既に閉ざされていた。自ら感染者通報センターに出頭し、政府の隔離施設送りになった陽太。


最後に澪が叫んだ。

「私はあなたを愛してる!それだけは信じて!」


第二章:緑の舌が意味するもの


隔離施設で陽太が知った現実は残酷だった。


「ステージ1」は日常生活には支障がないが、一生涯の性行為が禁じられる。「ステージ1」同士が性行為をすると、ウイルスが活性化して「ステージ2」へ進行するからだ。


「ステージ2」は身体能力が飛躍的に向上する一方で、知力が低下し凶暴性が増す。彼らは力仕事に従事するが、犯罪率の高さから24時間GPS監視下に置かれる。


6ヶ月間の矯正プログラム。陽太は本能的な性的欲求を否定し、「一生理性を保つ方法」を叩き込まれた。生物としての根源的な欲求を押し殺すことが、社会復帰の条件だった。


しかし陽太の心の奥底では、澪への愛がくすぶり続けていた。

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