第25話

「これより、排除プロトコルに、移行する」


感情のない、機械の音声。

それは、死刑執行人が告げる、冷たい判決のようだった。

勝利の安堵に包まれていたはずの戦場が、再び、それまでとは質の違う、絶対零度の緊張感に支配される。


「……なんだ、ありゃあ……ゴーレムか?」


バルガスが、大剣を構え直しながら、警戒の声を上げる。

だが、膝をついたままのガレオスが、絶望に染まった顔で呟いた。


「……違う……あれは、『王の処刑人』……」

「処刑人?」

「国王陛下直属の、自律式魔法人形オートマタ……コードネーム、『ユニット・ゼロ』。白銀騎士団の、そして、この国の法を犯す者を、秘密裏に、そして、完全に『』するための、絶対的な装置……」


ガレオスの言葉が、事実を裏付ける。

こいつは、王都から送られてきた、死の使者というわけか。


俺は、すぐさま頭を切り替える。

相手は、人間ではない。

ならば、感情も、痛みも、疲労もない。

そして、俺の最大の武器である【無限模倣】は……


《対象:ユニット・ゼロをスキャン中……》

《……生命反応なし。スキル反応なし。魔力源:内蔵された魔力炉心アルカナ・コアと断定》

《警告:通常スキル模倣プロトコルは、効果を発揮しません》


……やはり、通じないか。

厄介なことになった。


ユニット・ゼロは、一切の予備動作なく、行動を開始した。

その右手に持つ白銀の長剣の切っ先が、青白い光を帯びる。

次の瞬間、その光は、レーザーのようなビームとなって、俺に向かって撃ち出された。


「チッ!」


俺は、咄嗟に【大地の聖盾アース・イージス】を発動する。

地面から、水晶の壁がせり上がった。

ビームは、盾に着弾すると同時に、凄まじい爆発を起こす。

盾は、なんとか持ちこたえたが、その表面には、無数の亀裂が走っていた。

とんでもない威力だ。


「小僧! 下がってろ!」


バルガスたちが、俺を庇うように前に出る。

だが、ユニット・ゼロは、そんな彼らを意にも介さない。

ただ、最短距離で、俺を殺すことだけを目的として、機械的な歩みを進めてくる。

騎士たちの剣撃は、その漆黒の鎧に、傷一つ付けることができない。


「精霊たちよ! 鉄の身体を、土に還しなさい!」


リリアが、悲痛な叫びと共に、精霊魔法を放つ。

だが、ユニット・ゼロの全身に刻まれた、淡く光る紋様――強力な対魔法結界アンチ・マジック・ルーンが、彼女の力を霧のように掻き消した。


まずい。

全ての攻撃が、通じない。

俺は、防戦一方で、次々と水晶の壁を生み出すが、それも、いつまで持つか。

精神力が、急速に削られていく。


くそッ……。

何か、何か手はないのか。

スキルが模倣出来ない。

スキルが……

深層解析ディープ・アナライズを使用しますか?》


「バルガス! 関節部を狙え! クロウ、鎧の隙間を探せ! リリア、あいつの魔力の流れだけを集中して読んでくれ!」

俺は、隊長として、指示を飛ばす。

仲間たちが、俺の意図を汲んで、一斉に動いた。

彼らが、わずかな時間、ユニット・ゼロの注意を引いてくれている、その間に。

深層解析ディープ・アナライズを使用しますか?》——YESだ!


俺は、全神経を集中させ、【無限模倣】の解析能力を、敵の中心――魔力炉心アルカナ・コアへと向ける。


深層解析ディープ・アナライズを開始》

《対象:魔力炉心アルカナ・コアの、魔力振動周波数を特定中……》

《……特定完了。共振周波数レゾナンス・フリークエンシーを算出》


見つけた。

こいつの心臓部は、特定の振動に対して、極端に脆い。

そして、その振動を生み出すスキルは、俺のライブラリに、すでにある。


《スキル融合:【震撃脈衝】+【精霊感応(リリアからの共有知覚)】》

《特定対象にのみ作用する、指向性振動スキル【共鳴崩壊レゾナンス・シャッター】を生成》


ユニット・ゼロが、邪魔な騎士たちを薙ぎ払い、ついに俺の目の前に到達した。

その右手の剣が、最大出力の青い光を放ち、俺の頭上へと振り下ろされる。


もう、盾を出す必要はない。

俺は、その絶対的な死を前に、静かに右の掌を、ユニット・ゼロの分厚い胸の装甲に向けた。


「――お前の心臓の音、聞こえたぜ」


俺の掌から放たれたのは、目に見えない、ただの振動の波。

それは、漆黒の鎧をやすやすと透過し、内部の魔力炉心へと到達した。


一瞬の、静寂。

ユニット・ゼロの振り下ろされる剣が、俺の額の、数センチ手前で、ぴたり、と止まった。


ピシ……。


その胸の中心に、小さな亀裂が一つ、入る。

そして、その亀裂が、次の瞬間には、青い光の蜘蛛の巣となって、全身を駆け巡った。


「シ……ス……テ……ム……汚……染……。プ……ロト……コル……強……制……」


それが、王の処刑人が発した、最後の言葉だった。

次の瞬間、ユニット・ゼロは、内側からの魔力暴走によって、木っ端微塵に爆散した。

漆黒の鎧の破片が、雨のように降り注ぐ。


「……はぁ……はぁ……」


俺は、その場に、膝をついた。

最後の一撃に、残っていた精神力の、全てを注ぎ込んだ。

勝った。

だが、その勝利の代償は、あまりにも大きい。


ガレオスが、呟いた言葉が、頭に響く。

『王の処刑人』。

俺は、白銀騎士団だけでなく、この国の王そのものを、敵に回してしまったのだ。


その時、渓谷の崖の上から、静かな、しかし、よく通る拍手が聞こえた。

俺たち全員が、そちらを見上げる。

そこには、いつからいたのか、シュトラウス男爵が、満足げな笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。


「ブラボー……。実に、ブラボーだ、レオン・アークライト君」


男爵は、まるで芝居のクライマックスを観劇したかのように、ゆっくりと語りかける。

「君は、ただの騎士を殺したのではない。国王陛下の、絶対的な権威の象徴を、破壊したのだ」


「……もはや、君に、引き返す道はない」


「ようこそ、レオン・アークライト。真の、反逆の世界へ」

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