第24話
“不動”は、動いていた。
しかし、動いていても、まだ強かった。
一歩一歩が、黒曜騎士団の騎士たちの希望を砕いていく。
「こんの、化け物がぁっ!」
バルガスが、渾身の力を込めて大剣を叩きつける。
だが、ガレオスの身体に触れる直前、見えない壁に阻まれた。
ガレオスは、そんなバルガスを鬱陶しそうに、戦斧の柄で薙ぎ払った。
巨漢のバルガスが、紙切れのように吹き飛ぶ。
絶望的。
リリアの『
長年培われた、王国を守るという、ただひたすらに純粋で、狂的なまでの意志が。
そしてついに、ガレオスはリリアと、その背後で眠る俺の目の前に、たどり着いた。
彼は、傷ついた獣のように荒い息を吐きながら、折れた腕を庇い、残った片腕で巨大な戦斧をゆっくりと持ち上げる。
「終わりだ、悪魔の子よ」
リリアは、震えながらも、俺の前から一歩も動かなかった。
死を覚悟する。
「――そこまでだ」
その声は、俺自身のものだったが、どこか違う響きを持っていた。
重く、低く、まるで大地の底から響いてくるかのような。
俺は、まだ地面に横たわったまま、ただ右手を、天にかざした。
ガレオスでも、バルガスでもない。
この場にいる、誰のものでもない。
全く新しい力が、俺の身体から溢れ出す。
「お前の『不動』、確かに見事だった」
俺は、ゆっくりと身体を起こす。
そして、宣言した。
「だが、その意志ごと、俺が受け継ぐ」
《スキル模倣完了》
《警告:対象スキルの残留思念が強い為、精神汚染の危険性があります》
《……ユーザーの精神領域にて、高位の精霊力を確認。残留思念を浄化します》
《……浄化完了。ユニークスキル【
リリアの祈りが、ガレオスのスキルから、憎悪と狂気だけを濾過し、純粋な『守る力』だけを俺に与えてくれたのだ。
「なにを……」
ガレオスが、振り上げた戦斧を止め、呆然と俺を見る。
俺は、立ち上がると、リリアの前に進み出た。
そして、地面に、そっと手を触れる。
「見せてやる。本当の、大地の声の聞き方を」
《ユニークスキル【
ガレオスが振り下ろそうとしていた戦斧の、そのすぐ目の前に。
地面から、緑色の淡い光を帯びた、美しい水晶の壁が、音もなくせり上がった。
それは、ガレオスが作る、荒々しい岩の壁ではない。
精霊の祝福を受けたかのような、完璧で、神聖な、絶対防御の盾。
キィィィィィィィィィンッ!
ガレオスの最後の一撃が、水晶の盾に叩きつけられる。
凄まじい衝撃音と共に、彼の戦斧が、根元から粉々に砕け散った。
衝撃波が、ガレオス自身の身体を吹き飛ばす。
彼は、なすすべなく地面に転がり、ついに、その膝をついた。
「……我が……『
ガレオスは、武器を失った手で、俺が生み出した水晶の壁に触れる。
その壁から感じるのは、憎しみや怒りではない。
ただ、温かく、全てを包み込むような、大地の慈愛。
「くッ……そうか……。わしは……いつからか、大地の声を、聞こうともしていなかったのか……」
彼は、自嘲するように笑った。
そして、その瞳から、憎悪の炎が、すうっと消えていく。
“不動”と呼ばれた男の戦いは、今、本当に終わったのだ。
俺は、彼に近づき、その処遇を決めようとする。
カラン、コロン……。
渓谷の、静寂の中に。
場違いな、金属の音が響いた。
それは、規則的で、感情がなく、まるで機械が歩いているかのような音。
俺たちとは反対側の、渓谷の入り口から、一体の“何か”が、ゆっくりと姿を現した。
それは、人ではなかった。
月光を浴びて鈍く輝く、漆黒の全身鎧。
その身の丈は、二メートルを優に超える。
だが、その動きには、人のような生々しさが一切ない。
兜の隙間から見えるのは、不気味な闇だけ。
その手には、白銀騎士団の紋章が刻まれた、一振りの長剣が握られていた。
漆黒の騎士は、その場で止まると、首を機械的に動かし、戦場の惨状をスキャンするかのように見渡した。
砕け散ったガレオスの戦斧。
膝をつくガレオス。
消耗しきった黒曜騎士団。
そして、その中心に立つ、俺。
やがて、その兜の奥から、合成されたような、全く感情のない声が響き渡った。
「対象『ガレオス』、任務遂行能力を喪失と判断」
「対象『アルベール』、捕縛を確認」
「
漆黒の騎士は、その右腕を、ゆっくりと俺に向けた。
「
「脅威レベルを、『
「これより、排除プロトコルに、移行する」
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