第26話『二人の女子が楽しそうにショッピング』

 なんて仲睦まじい光景が目の前で拡がっているのだろう――と、俺は思う。


 そんな目線を離し難い状況が展開されているのは、どこにでもあるスーパーの店内。

 夕暮れ時ということもあり、奥様方や仕事終わりの人らが行き交う店内で、ほぼ面識がないであろう女子二人が楽しそうにカートを押している。


 ちなみに俺は、カートを押す係に立候補したが悲しいことに断られてしまった。

 料理の話やお菓子の話が行き交う女子トークに、俺はこうして後ろから歩いてニヤけ顔を晒さないよう必死に堪えている。


緋音あかねって1人暮らしなんだ。料理とか頑張ってる感じ?」

「うん。得意とまでは言えないけど、日々レシピを調べたりして挑戦してるよ」

「偉いなぁ。わたしも料理してみるけど、タレとかドレッシングに頼りっぱなし」

「私も合わせ調味料に挑戦したの最近だから、まだまだだよ」


 と、いう感じに料理もしなければコンビニや購買などで済ませている俺には、『料理』の『り』の文字すら想像できず話に入ることができない。

 元々住んでいた世界でも、家で料理の手伝いをまともにした記憶がなく、皿洗いだけしかやったことを反省する。

 作ってもらうのも当たり前、食材を調達してもらうのも当たり前、料理を盛り付けてもらうのも当たり前……はぁ……自分の未熟さがしみじみと感じてしまう。


 母さん、今まで本当にありがとうございました。


「次は飲み物コーナーに行こ~」

奏美かなみ的に欲しいものが?」

「そそ。実は新発売の炭酸ジュースがあってね」

「あー、じゃあ俺はちょっと外の空気でも吸ってくるよ」

「わかったー、いってらっしゃい」

「私たちも長引かせないようにするから、外で合流しよ」

「どうぞごゆっくり」


 会話に花が咲き続ける2人の背中を見送り、俺は出入り口へを戻る。


 なんかこうあったよな、なんとかの間に男は挟まるな、的な感じの言葉が。

 いや造語だったか? まあいい、女子トークについていけない俺は邪魔者でしかないし、居ても居なくても同じもんさ。




 さて、外に出たはいいものの時間を潰すものを持っていないからどうしたものか。

 スキルについて考察するのはありだな。


「あなたが報告に上がっていた人ですか」


 話しかけられたのが俺ではないことを祈りたいが、残念ながら後ろには人が居ない。

 年齢は俺より少し年上ぐらいか? いや、外見で判断するのはよくないか。

 だが、学生服どころかスーツかタキシードかわからないけど、気合の入っている正装ということはわかる。


「俺に用ですか?」

「ええ、大いに」

「初めましてだと思いますが」

「それもそうだ。しかし、彼らには見覚えがあるのでは」


 彼の背後から、全身黒いスーツにサングラスの男たちが数人現れた。

 言われた通りで、つい目を細めてしまう。


「じゃあ、あなたが首謀者ということですか」

「ええまあ。否定はしない」

「ここで待機していて、俺への態度は偶然を装っている。つまり、奏美かなみが中に居ることは既に把握していると」

「ご明察。素晴らしい思考力だ」

「どうも」


 何製かはわからない手袋を打ち付けて拍手をされても、悪行を知っているから、称賛されたところで何も嬉しくはない。


「ちなみに、どう報告されているか知りませんが、俺は奏美かなみと一緒に走ったぐらいしかしてませんよね」

「たしかにその通り。だから、報告内容では危険度は0とあったね」

「随分と低く見積もってくれてありがとうございます」

「まあ彼らからしたら0評価なのだろうが。僕からすれば、ここに居て、彼女と共に行動をしている。ただそれだけで危険度は10以上だ」

「過大評価いただきありがとうございます。で、なん評価中な感じで?」

「当然、10段階評価だよ」


 これつまり、この場で後ろの人たちに攻撃の合図を出されたら、総攻撃の袋叩きに遇うということだよな。

 やっていることがそもそもだから、物騒すぎるとは思わないが、1体複数か――汚いというか小心者というか。

 あまりにもやっていることがダサすぎる。


「それで、どうしますか? 俺、奏美を売ったりしませんよ」

「まさかキミ、馬鹿なのか? この状況が理解できないわけではないだろ?」

「学力が高くないと自負していますよ。でも、友達としては普通じゃ?」

「そんなはずがあるものか。交友関係なんて表面ばかりの飾りだ。お前だって、僕が指示を出したら尻尾を巻いて逃げるに決まっている」


 煽ったつもりはないが、こんな駐車場の空きスペースで本当におっぱじめる気か?


「たった1人を複数人で寄って集って攻撃するなんて、随分と自信がないんですね」

「なっ、なんだと!」

「交際を拒否されて傷付いて避けられて――まあでも同じ男として同情はしますけど、さすがにかっこ悪いというか、情けないというか」

「は、はぁっ!? てめぇ!?」


 男が右手を上に掲げた。

 俺はいつだって準備ができている。


「ちょ、ちょっと何してるの!?」


 聞き間違えるはずがない、奏美かなみの声だ。


「か、奏美ちゃん!? や、やっと会えた!」

翔渡しょうとに変なことはしてないよね」

「あ、ああ。ぼ、僕がそんな手荒な真似をするはずがないだろう?」

「……あなたが奏美を襲わせていた張本人だったのね」

「これはこれは学園島ランキング10、9だったか? まあどっちだっていいさ。だが、そこに居る能無しの雑魚よりは話しがわかるやつが来て助かる」

「うるさい! 今はそんなの関係ない!」

「ひ、ひぃ! お、怒らないでぇ」


 なんだなんだ、情報が錯綜しているぞ。


 まず1つ目は、さっきまで強気だった男が奏美と話し始めたら弱気どころか腰が低くなった。


 それで次は、緋音あかねと男は顔見知りのようだ。

 学園島ランキングというのは誰でも把握することができるのだろう、コンビニでぶつかった男や放課後に逃げて行った男たちから推測できる。

 しかし今回の感じは、どうやらそれとは少し違う感じ。


「わたしは、これ以上の騒ぎになることを望んでいない。でも、続けるというのなら通報するし、今まで抑えていたけどお父さんとお母さんに強く抗議するから」

「奏美ちゃん落ち着いて。そうだ、交友関係が悪影響を及ぼしているんだ。こんなやつらと一緒に居ると、本当によくないよ」

「友達を悪く言わないで! もう行こう、2人とも」


 奏美はそう言い終えると、誰にも有無を言わさず買い物袋をシャカシャカ鳴らしながら歩き始めた。

 そのあまりにも強引な行動に、俺と緋音あかねは驚愕のあまり目を見開いて顔を合わる。


 ついでに男も、「待ってよぉ」と情けなさい感じに腰を低く両手で前に出している。

 当然、奏美は止まらないしボディーガードみたいな人たちは困惑中。


「俺たちも行った方がいいよな」

「うん」


 俺たちは体を寄せ合い、小声で会議。

 互いに長引かせると再び面倒なことを起きると察し、小走りで奏美の元へと駆け出した。

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