第23話『弱点への対処法を見つけ出さなければ』

「もう! 変な言い方をしないでよっ!」

「えぇ……」

「あんな風に言われたら勘違いするじゃん!」

「ごめんなさい」


 純情な乙女心を弄んだ、という罪を言い渡されたのは昼休みの校庭で、購買で手に入れたパンを横に置いて座っている。

 奏美かなみがぷんすこぷんすこ怒っているのは、翔渡しょうとが紛らわしく「付き合ってほしい」と直球で言葉を投げてしまったから。


「それで、本当にやってみるの?」

「ああ、俺にとっての弱点を克服するチャンスだと思ったから」

「随分と物騒な弱点だけど。でもわたしは助かるからありがたいけど」


 変な輩に絡まれた経験から、スキル使用時の視認の有無を確認したいことや、決め手となる反撃の手段を持ち合わせていないことに気づき提案した。

 奏美かなみが言うように、ストーカー集団に対してスキルを用いて制圧するわけだから、物騒なことこの上ない。


 しかし翔渡しょうとは、人生の中で殴り合いの喧嘩など経験してるはずもなく。

 かといって、自身が運動能力に自信があるかと問われたらNOと返す他ない。

 じゃあどうしようか、と素直に相談できないもの現在進行形で悩んでいる種の1つとなっていた。


「そんな危なそうなことを考えている割に、随分とかわいいラインナップなんだね」

「甘いの大好きです」


 コロネinチョコ、コロネinカスタード、メロンパン、生クリームドーナッツ――ドリンクにオレンジジュース。

 甘党としか言えないラインナップに、同じく甘いものが大好きである奏美は顔を引きつらせる。


 ちなみに奏美は、焼きそばパンとシーチキンおにぎりにスポーツドリンクを手に持っている。

 もはや食べ物交換をした疑惑が出てもおかしくはないが、残念ながらそれぞれの意思で選んだものだ。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 さて自然な流れで食事が始まったわけだが、翔渡はメロンパンを1口食べて状況の異質さに気が付く。


(え、俺――女子と2人だけでご飯食べちゃってるんですけど!?)


 秘密を共有した仲、ということは前提に理解しつつも、ここに至るまでの流れは全てが自然すぎた。

 授業が終わり、なんとなく合流し、なんとなく購買へ行き、なんとなく話をしながら、なんとなく校庭の端に居る。

 そもそもの話いつの間に仲良くなったのか、自然に話をする仲になったのかさえ曖昧な状況で。

 夢に見ていた女子とのイベントに心が躍らないはずはなく。


 しかし翔渡は暴走することなく、先ほどのことを思い出し自制する。


(う、浮かれるな俺。迂闊に変なことを口走れば、次のターゲットは俺になるかもしれないんだ。『乙女の心は秋の空』とかなんとか言われているぐらいだし、調子に乗るんじゃないぞ俺)


 もぐもぐと口を動かす2人だが、翔渡は案を練っている。

 決行は明日の朝。

 物理的に殴る以外の選択肢を模索したいため、ない知恵を絞り出すしかない。


(このスキル、あまりにも便利なのはいい。だが、それ故に思考の柔軟さを求められる。俺にとっては宝の持ち腐れであり、さてどうしたものか)

「ねえ、そのクリームコロネ1口貰っちゃってもいい?」

「はい」


 思考を巡らせ続けている翔渡は、即答して右から左へ手渡す。


(うーん……物理や化学的な側面から推測できればいいんだろうが……そんな脳があったら現段階でスキルを使いこなせてるんだよなぁ)


 1口1口、メロンの香りがほのかに鼻へ抜けていく幸福を感じつつ、目線は空を向いたり地面を向いたり。

 値段も値段で、各80円と激安だったからこそ『明日も買いたいな』という欲望が邪魔をしてくる。


 その頃奏美かなみは。小さな口でパクっとからのもぐもぐしていた。


「う~ん、美味しいねっ。ありがと」

「はいはい、どういたしまして」


 と、戻ってきたクリームコロネを受け取る。

 しかし翔渡は気が付いておらず、奏美も無自覚であった。


(お、そうだ。だったら空気を殴って、その衝撃を相手にぶつける――とかどうだろう。直接殴らないし、いいんじゃないか?)


 美味しい美味しいメロンパンを食べ終え、包んであった紙袋をクシャクシャと丸める。

 それでは次、と手に取ったのはクリームコロネ。

 同じく紙袋から本体を出すと――。


「え」


 なんとそこには、歯形がついていたのだ。

 理解できず困惑しそうになるも、翔渡は思い出す。

 ほんの少し前まで思考を巡らせていた最中、奏美が1口食べていたことを。


 そして奏美は、パンに目線を向けて固まっている翔渡に違和感を覚えて質問する。


「どうしたの?」

「こ、これ」

「あ!ご、ごめんなさい!」


 ロボットみたいなぎこちない動きで首を横へ動かし、違和感部分を見せると、奏美はすぐに驚愕を露にした。


「お腹が空いてたり違和感なく接してたり……何も考えてなかった……ごめん」

「い、いいや? 別にそういうことじゃないぞ?」

「え?」

「このカスタードクリームはどれぐらい濃厚で美味しかったのかを、感想として聞きたかったんだ」

「そ……そうなの?」

「当たり前だろ? 高校生にもなって、かかか間接キスなんて気にするわけないじゃん」

(当たり前なのは、間接キスになる件を大喜びすることだけどね? 俺、強がってみたけど嬉しくて空をも飛べそう――今だと歩けちゃうか)


 そう翔渡しょうとは今、必死に気持ち悪いぐらいニンマリと口角が上がってしまうのを堪えているのだ。

 あまりにも歓喜と恐怖がせめぎ合っているせいで、鼻の下や口回りがピクピクと動いてしまっている!


 しかし表情とは逆に真剣なまなざしを向けているおかげで、奏美は何も悟ることなく素直に応答し始めた。


「凄い濃厚だよ、そのクリームコロネ。まるでプリンが中に入っているかのような」

「お、おぉ。それは期待大だ」

「ちなみにチョココロネの方は、甘さ控えめでココアみたいなんだよ。でも、そのせいで何個もぱくぱく食べたくなっちゃう罠に注意が必要だね」

「なんと魅力的な解説なんだ。助かるよ」

「注意と言えば。どっちも溶けやすいから、速めに食べた方がいいよ」

「な、なんだとぉ!」

(女の子とのかかかか間接キスしちゃう余韻と葛藤がせめぎ合っているというのに、急いで食べないといけないって本当かよぉ!? 拒絶されている感じないし、いいんだよねぇ????)


 頑張って抑えている鼻息は荒くなり始め、呼吸も浅く早くなっていく。

 辛うじて音が出ていないのが救いだが、いよいよ実食のときが迫ってきている。


(ここで躊躇ためらいを見せたら、気持ち悪く思われてしまう=陰で悪口を言われてしまう! せっかく女子と話せるようになった絶好の機会を失ってしまう……! いけ、いけ俺!)


 そして謎に奮起した結果、パクリと1口。


「う、うまっ」

「でしょでしょ。わたしも大好きなんだけど、濃厚で美味しいってことは――ほら、太っちゃうでしょ?」

「女の子事情は察する。たしかにカスタードクリームの主張が激しすぎて、口の中いっぱいに甘さが広がっていく」

「そうそう、クリームに溺れるって感じだよね」

「これが80円って、値段設定おかしいし悪魔的だ」

「お財布には優しくて嬉しいけど、迷わず変えちゃうから本当に怖いよね」


 体重を気にしてダイエットを意識している女子には、もはや天敵とも言えてしまう購買+学食、加えてコンビニやスーパー。

 金銭的な余裕ができて感謝感激ではあるが、自制しなければみるみるうちに体重が増加してしまう。


 そして、ふと翔渡は気が付いてしまう。


「もしかして、実技が多いのも関係してる?」

「鋭い考察だね。真相は闇の中だけど、噂ではそう言われていると。いっぱい食べていっぱい動かす。島全体が学生に優しいのは、そういった側面もあるんじゃないかって」

「健康促進の、その先に何かあるとでも?」

「わからないけど、必ず何かあるよ」


 探偵気分になった奏美かなみは、ニヤリと笑みを浮かべながら人差し指と親指を立てて顎に当てている。

 当然クリームの衝動に襲われていても、翔渡がソレを見逃すはずはなく。

 いつも通りにかわいさを浴びて悶絶したい気持ちを、なんとななんとかグッと堪える。


(この、小動物みたいな感じ――かわいい! さっきの歯形も小さかったし、俺の完成は間違っていないはず!)


 そんなかわいらしい名探偵に、翔渡は今更な疑問をぶつける。


「そういえば帰りは追われないの?」

「うん、全部じゃないけど大丈夫だね。さすがに、いつ出てくるのかわからないから待ってられないんじゃないかな」

「なるほど。今朝も門が見えるぐらいの距離から追ってきてなかったし、事を大きくするつもりはないのかな」

「だったら追ってくること自体やめてほしいけどね」

「本当その通り」

「ねえ翔渡、追加でお願いがあるんだけど」


 追ってくる彼らに関係する面倒事は勘弁してほしい、という率直な感想を抱きつつ食べる手を止める。


「チョコの方もちょこっと貰えないかなって、1千切り分っ」

「いいよ。じゃあチョコが沢山入っている、先端部分を贈呈しよう」

「きゃーっありがとーっ」

「くれぐれも体重にはご注意を」

「きょ、今日だけ、今日だけだからっ」

「はいはい、溶けないうちにどうぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る