第7話『運動不足を実感しても、走るしかない』

「――じゃあ次は、学園敷地内に設置してある各箇所を自身の全てで踏破してきてもらう」


 ん? おっと。


「みんなも体験するのは初めてだろうけど、既に構内案内時に見たと思う」


 先生、それ俺はなーんにも知らないんですけど。


 そんなどこから出したのか疑問でしかない地図を出されて説明されても、ぜーんぜんわかりません。


「みんなに挑んでもらうのは全部で4か所。まずは既に見えている第1グラウンド。見ての通り、走り込みをするためだけに用意されているかのような場所になっている」


 ええまあ、1週が何メートルなのかわからないけど、たぶん400メートルだと思う。

 あっちの世界で陸上競技場を見たことがあるから、多分合っているはず。


「ここを必ずスキルを使用せず1周走って、次は隣にある第2グラウンドへそのまま移動。草木が生い茂る場所をスキルを使用してなんとかして突っ切ってほしい」


 第1グラウンドの説明は、受け入れがたいけど簡単だからわかるとして。

 第2グラウンドの説明は、どうなってるんですか?

 情報は地図でも緑一色になっているからその通りなんだろうけど、『なんとかして突っ切ってほしい』って説明になってないですよね。


「そして第3グラウンド。一体全てがタイルで埋め尽くされているので、気合とスキルで通過してください。注意事項としては、スキルに見立てた風が所々から飛んでくるので、対応力が求められます」


 今度は注意事項を添えてくれたけど、もはや俺が知っている校庭=グラウンドという考えは改めた方がいいらしい。

 あっちの世界とほとんど変わらないとはいえ、こっちの世界ではスキルを所有している人を基準とした設備になっているのだろう。


「そして最後の第4グラウンドは、崖があります」


 はい? 学校内に崖? いや、グラウンド内に崖?

 あーもうダメだ、今まで培ってきた常識なんて意味をなさないじゃないか。


「体力任せに登るのもよし。スキルを使用して登るのもよし。迂回して坂道を目指すのもよし。安心してください、落下しても大丈夫なような安全対策は用意されていますので」


 なんかこう……少なくとも、学園内で活動しているときは新世界に来たと思っていた方がよさそうだ。

 今までの常識で考えたら、落下しても安全な防止策と言われたらロープや杭を想像するけど、この世界でのソレはたぶん違うんだろうな。

 たぶん、風でふわっと着地できるようになる何かとか、見えないところから巨大なクッションが人の手とか関係なく飛び出てくるとか。

 もっと想像を超えてくる何かがあるのかもしれない。


 想像が膨らんで仕方がないけど、先生の話は容赦なく進んでいく。


「ただ、先生の保護はなくなりますので、くれぐれもスキルで暴走するのは避けてください。一番注意しなくてはならないのが、スキルを誰かへ向けることです」


 先ほどまで柔らかかった先生の口調が、急に締まりのある声色へと変わる。


「もしも規律を乱す違反行為があった場合、それ相応の対応をしなければなりませんので。皆さん、くれぐれも注意を怠ることのないよう励んでください」


 みんなも空気が変わったのを感じたのか、覇気のある返事をしている。


「それでは皆さん、制限時間は1時間です。ゴールはここに戻ってくること。もしも制限時間が過ぎてしまったとしても、お迎えに上がりますので安心してください」


 なるほど。

 地図を見る感じだと、各グラウンドを指定された通りに進んでいけばスタート地点であるここがゴール地点になるのか。


 ん、というか例外なく全員が制服かつローファーなんだけど。

 控えめに言って運動に適している格好ではないと思うんだけど――。


「それでは――始め!」


 うっそ、もう始まるのかよ。


 我ながらに、鳩が豆鉄砲を食ったようなリアクションをしていると、俺以外の全員が走り出してしまった。


「やべっ」


 完全に出遅れたけど、俺も砂と土が敷き詰められているグラウンドを走り始める。

 だが、すぐに懸念していたことは表面化した。

 ズボンは別にいいとして、ブレザーの上半身は長袖でなんだか腕を振りにくいしあまりにも不適切すぎだ。

 靴もローファーだし、走りにくい事この上ない。


 みんなも同じことを思っているのかはわからないけど、体力面に自信がないであろう人は、走りにくいというのが姿勢に現れている。

 体力に自信がある人たちは、ぐんぐんと俺を含む運動苦手組を置いていって姿が遠くなっていく。

 たった400メートルしかないはずなのに、どんどんどんどん離れていってしまう。


「はぁ、はぁ――なかなか辛いな」

「そ、そうだね」


 奏美かなみも運動苦手組らしく、俺も得意ではないけど追いつくことができた。

 スキルが使用できたら、奏美も先頭集団に入ることができるだろうに――というのは本人が一番思っているだろうな。


 とりあえず今は、ただひたすらに腕を振って走るしかない。

 もしも俺が使えるスキルが万能なら、こんな状況もキャンセルできないんだろうか――と野暮なことを考えてしまう。

 日頃から運動をサボっていたツケが回ってきたのだろうけど、なんとかなりませんかね、本当に。


「はぁ、はぁ……」


 正直、もう既に苦しい。

 まだ半分以上は残っているけど、もう歩きたいと思ってしまう。

 この調子で、残り距離もわからず3つ分のグラウンドを通過しなくちゃいけないの、控えめに言って地獄だろ……。


 でもやるしかない、やるしかない!

 奏美という美少女が隣に居て、歩き始めたら軟弱すぎて恥ずかしい!

 やってやる! やってやるぞ!

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