第6話『学園に通うことはキャンセル不可能?』

 楽しくなってき始めた学園生活。

 しかし俺は、新学期早々にもかかわらず思うことがある。

 自堕落な生活を好む俺にとって、学園生活をどうにかキャンセルすることはできないか、と。


「――という感じに、少数ずつの練習をしてもらいます」


 先生が授業の内容を説明してくれている最中に思うことではないけど、少なくとも中学までの俺はそう考え続けた。

 結果、友人からはブーイングされてはいたものの、3連休を仮病で4連休にしたり、楽しみにしていたゲームが発売してからは仮病で早退をしていたりもしていた。


 特に避けたかったのは、今の授業みたいな実技だ。

 まあ、体育とは違ってスキルの練習をするらしいけど、俺は何をしたらいいのかわからない。


「それでは最初の5人、お願いします」


 出席番号順に5人が、前へ出る。

 クラスメイトは合計で30人。

 待っている間は自主練習をしていていいらしいけど、場所を移動しない程度に限られるとのこと。

 周りを見てみると、手のひらで包み込むように水を出していたり、よくわからない棒を出現させたりしている。


 視線を前に戻してみると、奏美かなみの姿が。


奏美かなみさん、そのまま集中して水平移動してみてください」

「はいっ」


 なるほど、彼女のスキルは体を宙に浮かせるか、足元に浮力を生じる何かがあるのか――という感じだったんだな。

 いや、学園長の説明から推測すると別の可能性もあるのか。

 重力軽減、空気干渉、風操作――こう考えてみると、スキルというものは面白い。

 根源となるものを理解するだけではなく、応用が利くというのは心がくすぐられてしまう。


 他の人も、実に多種多様なことをしている。

 周囲の水を操作しているように見えた人もそうだけど、前に出ている人も同じ水を扱っていても円盤状にして回転させていた。

 と思えば、その隣の人は水で体を覆うようにしていたり、水を氷にしていたりもする。


「……」


 みんなの様々な可能性を前に、じゃあ自分も、と思うけど……冷静に考えたら悲しくないか?

 右を見ても左を見ても、自分以外は目に見えるかたちでスキルが発動している。

 学園長は例外なのかと思ったけど、半透明というだけで完全な透明ではなかった。

 浮いている奏美かなみも明確にはわかっていないものの浮いてるし、風を操作している人も髪が揺れていたりする。


 あれ、これってもしかして……俺のスキルだけ、可能性がないって話なのか……?

 そ、そんな馬鹿なことがあっていいのか――と、理不尽を女神様に訴えようとしても、お門違いにもほどがあるよな。

 そもそも俺が無茶な提案を申し出たわけだし、学園長は女神様が干渉できない旨を言っていたし。


「えーじゃあ、最後の組です」


 ど、どうしよう。

 あれだこれだと考えているうちに、自分の番が回ってきてしまった。

 仕方ない、なるようになるかと思って前に行くしかない。

 どうせ転入生だからと注目を浴びているわけではないし、それぞれ自主練習をしているから気にしなくてよさそうだ。


「乱暴なスキル使用をしなければ大丈夫。先生のスキルで、ここに居る人数分は保護できるから」

「それは安心ですね」


 と言われましても、俺のスキルは誰かに対して多大なる影響を与えるものではない――はず。

 せっかく頼もしいことを言ってもらえているのに、俺がスキルを発動させたら、その保護というものが消えてしまう。

 俺は今――先生だけが注目してくれている状況で何をしたらいいんだ……。


「じゃあ――【キャンセル】」


 指をパチンッと鳴らす。


「ふむ……詳細を聞くことはできないけど、間違いなくスキルを発動させたのだね?」

「はい」

「発した言葉の意味をそのまま受け取るなら、何かをキャンセルするということだけど。ごめんね、先生もまだまだ勉強不足のようだ。的確なアドバイスをしてあげられない」

「いえいえ、俺もまだ試行錯誤中なので続けてみます」

「そうだね。でも一応確認したいのだけど、誰かに影響を与えているというわけではないんだよね?」

「はい、その辺は大丈夫です。学園長と基礎確認は済ませてありますので」

「そうか、ならよかったよ。じゃあ他の子を見てくるから、頑張ってね」

「ありがとうございます」


 さっきやっていた座学のおじいちゃん先生とはまた違い、実技の先生は表情や言葉遣いから優しい雰囲気を感じる。

 今みたいに思慮深く考察するのではなく、物腰柔らかく接してくれるのは正直ありがたい。

 あの展開で根掘り葉掘り聞かれでもしたら、今すぐに学園長へ助けを求める必要があった。


 てか思ったんだけど。

 何度か指パッチンをしているわけだけど、回数を重ねると意外に疲れる。

 使っている個所は指だけかと思っていたけど、親指の付け根部分も使っていることがわかった。

 あと……動かないで指パッチンを繰り返していると……正直、かっこよくはない……。

 右だけではなく、左で試してもみるけど――。


「――」


 チラッチラッと周りへ目線を送り、俺を見ている人が居ないかを確認――よし、大丈夫だ。

 いたずらに誰かのスキルをキャンセルしちゃうわけにはいかない。

 だから誰も居ない方向へ、ただ腕を上げて指パッチンをするしかないのって……傍から見たらシュールな光景でしかないよな。

 みんなは真面目にやっているけど、俺だけ羞恥心が込み上げてきてしまった。


 せめてもの救いは、注目を浴びていないことだけだ。

 この世界にスキルという概念があってくれてありがとう。


「じゃあ終わりにしよう。戻ってくれて大丈夫だよ」


 やっと終わった。

 時間にしたらたったの数分程度だけど、体感では30分ぐらい経ったように感じる。

 しかも変に緊張したから、無駄に冷や汗もかいちゃったし。


 でもまだ油断はできない。

 実技の授業は2限分用意されているから、まだまだ時間が残されている。

 体力トレーニングじゃないことを願いたいけど、体操着に着替えたわけじゃないから大丈夫だと思う。

 まさか、走ったり跳んだり登ったりするわけがないよね。

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