第11話 一人暮らしの老人

 火災現場は、大学から1キロほど歩いたところにあった。団地に囲まれて、そこだけ奇跡のように古い平屋の木造家屋が数軒連なっている。そこだけ昭和だ。間口が狭く奥が広い、町家のような作りで、それぞれが木の塀に囲まれている。並んでいる家の外見はほぼ同じなので、恐らく焼けた家も同じような作りだったのだろう。今は焼けおちた瓦礫も片付けられ、ほぼ更地になっている。ただ、じっと立っていると、どこからか焦げた匂いがしてくる。


「あんたら林田さんの知り合いなん?」


 いきなり話しかけられた。しゃきっとした姿勢の声のよく通る女性がそこに立っていた。

 

 悠は一瞬飛び退きそうになったが、葛城先輩が、落ち着いた声で「そうなんです。ここにいる後輩がたまたま火事現場に遭遇して…教えてくれたんですわ。いやあ、林田さんがこないなことになるなんて…びっくりですわ」と答えた。


 息を吐くように嘘をつく…いや、半分は本当だ。火事に遭遇したのは悠だし。それにもしかしたら…ホンマに葛城先輩なら知り合いかも知れない。顔広そうやし。

 

「林田さんなあ…寝タバコらしいわ。まあ、ずっと一人暮らしやったしなあ。結構な年やし、最近は身体もよう動かんようになって、寝起きするんもキツかったんとちゃうかな」


 夜中になんや煙いな思うても、よう逃げれんかったやろ…とその女性は声を落とした。人が一人亡くなっているのに、この女性の語りは淡々としている。でも、よく考えてみると、人はいつか死ぬ。その覚悟さえできていれば、この女性のようなあっさりした口ぶりになるのかも知れない。でもそれでも、この女性が林田という老人の死を悲しんでいることは、悠にもよく分かった。


 ようやく悠は女性を観察する心の余裕が出てきた。年齢は70歳前後といったところだろうか。木綿の花柄ブラウスにグレーのスラックスを身に着けている。両袖にアームカバーをし、手に移植ベラを持ったままだったので、多分、庭仕事をしている最中に我々の存在に気づいたのだろう。元気そうなオバちゃん、悠はそういう印象を持った。


 「林田さんの身の回りの物は、どうなったんですかね」


 「知らんで。もう自分には身寄りがない、って言っとったけどな。90歳近かったのに、ずっと一人暮らしで頑張っとったからね。役所が回収したんと違うか」


「そうなんですか。林田さんがすごく大切になさっているものを預かっていたんですわ。ほんで、それをお返ししようと思ってたところやったんで」


「そんなんがあったん?」

オバちゃんが食いついてきた。興味津々だ。


「ええ、船のお守りみたいなもんで、小さな箱に入っていて…」


「船…?あー、せやな、思い出したわ。林田さん、和歌山の出身やから、海の近いところで育ったんかも知れんな。せやけどお守りの話は聞いたことないわ」


「和歌山…、和歌山のどっち側やったんですかね。太地の方か、和歌山市の方か」


「そうや。林田さんは和歌山市内や。こう見えて旧家のボンやねん、そう言っとった。あー、親戚おるんかも知れんね」


「ほな、そちらにまだ遠縁の方が住んではるかも知れませんね」


「なんや、あんた探してるん?」


「ええ、そうなんです」そう言ってから、葛城先生は少し真面目な顔をした。


「林田さんがおらんくなった以上、あれは絶対に林田家にお返しせんと」


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