アカペラで好きって言えたなら。

天音おとは

第1章 アカペラ部へ入部したなら、ようこそって言いたいから。

アカペラ部へ入部したなら

第1話「新木花帆が歌声に出会ったなら」

 春。桜の花びらが、校庭の上をふわりと舞う。

 入学式から二週間。廊下にはまだぎこちない声が響き、教室の隅にはまだ新しい環境に馴染めていない空気が残っている。


「……はぁ、今日も一人か」


 私は、新木花帆。この春、私立桜ヶ丘高校に入学した一年生。

 中学時代は合唱部にいた。でも、あの頃の記憶を思い出すと、胸がチクリと痛む。

 大好きだった歌は、もう「楽しい」だけじゃなくなってしまったから。


 ***


 昼休み。教室は生徒の笑い声が飛び交い、とても賑やか。私は自分の席でお弁当を広げて小さく「いただきます」と呟いた。


『親の作ったお弁当は美味しいのに、なんだか物足りない……』


 花帆は下を向きながらご飯を口に運ぶ。


『友達と一緒に食べたい。おしゃべりもしたい。でも、怖い……また傷つくかもしれない』


 スマホを手に取り、ニュースを眺めて気を紛らわそうとするが、中学時代の悪い思い出が頭をよぎる。


「花帆ちゃんの歌声、変だよ」

「もっと真面目に歌ってよ」

「もう歌わなくていいよ」


 目元が熱くなる。知らないうちに涙が頬を伝った。


「……っ……どうして……」


 ハンカチで拭うけれど止まらない。

 その場からそっと立ち上がり化粧室に駆け込む。鍵をかけて、今まで我慢していた感情をそっと解き放つ。


「……なんで、こんなに胸が痛いんだろう……」


 すすり泣く声が、小さくても響く。


『大丈夫、大丈夫……って言えたらいいのに』


 ふと、空気の匂いや、自分の制服の感触に意識が戻る。

 制服のひんやりした生地に触れながら、私は深く息を吸った。


 ***


 午後、花帆は授業中も上の空で、窓の外の桜をぼんやり眺めていた。

 心は過去と現在を行き来して、胸がキュッと締め付けられる。


「どうしてあの時、あんなこと言われたんだろう……」


 花帆は小さく呟く。隣の席のクラスメイトがちらりとこちらを見たが、すぐに自分のノートに視線を戻す。

 私は深呼吸して、ノートに目を落とした。文字は手に馴染まず、落書きばかりが増えていく。


 ***


 放課後、部活動を探して校舎を歩く。吹奏楽部、合唱部、軽音楽部……どれも楽しそうだけど、私には馴染めない場所ばかりだった。

 心の奥で、怖さと不安が膨らむ。


『もう帰ろうかな……』


 その時、廊下の向こうから、透明な声が聞こえた。

 かすかだけど、胸の奥に響く、まっすぐな歌声。


「……誰……?」


 思わず足が止まる。胸の奥が小さく震える。

 心が自然と歌声の方向へ駆け出した。


「聞きたい……もっと、奇麗な声を聞かせて……」


 廊下を抜け、差し込む光が少しだけ明るい音楽室の前に立つ。

 扉の向こうからは、穏やかで透明な歌声が漏れてくる。


「……あれ? 誰かいるの?」


 小さな歌声が聞こえてくる。胸の奥が高鳴る。初めて会う、同じ歌を愛する人――その存在が、私を少しずつ変えていく。


 そっと扉を押す。音楽室の中は、午後の柔らかな光に包まれていた。

 ピアノの横には、一人の少女が立っていた。肩までの髪が揺れ、手には楽譜が握られている。


「あの子……奇麗……」


 花帆の声は、少し震えていた。


『この人と、歌を一緒に奏でてみたいかもしれない……』


 この瞬間、私の高校生活は、少しずつ変わっていく――

 運命的な出会いの始まりだった。


 歌声に導かれ、私の物語はここから紡がれていく――。

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