【第4章】辺境の宝、氷解の約束

 食料問題に解決の目処が立ち、村々に少しずつ活気が戻り始めると、私は次のステップへと駒を進めることにした。それは、領地の財源確保。つまり、この土地ならではの新たな産業を創出することだ。いつまでも、王家からのわずかな補助金に頼っているわけにはいかない。


「ゼノ様、この領地を、もっと詳しく調査させてください。地図だけでは分からない、宝物が眠っているかもしれませんわ」

 私の提案に、ゼノは「宝物?」と怪訝な顔をしたが、否とは言わなかった。それどころか、「俺も行こう。この辺りの地理には俺が一番詳しい」と、自ら案内役を買って出てくれた。


 こうして、私とゼノの二人きりの領地調査が始まった。

 険しい山道を馬で進み、時には馬を降りて、獣道を歩く。元騎士団長のゼノは息一つ乱さないが、運動不足の私にはなかなかの重労働だ。それでも、目の前に広がる手付かずの自然は、私の心を躍らせた。

「まあ……!」

 山の中腹まで来た時、私はある植物の群生地に気づいて足を止めた。それは、前世で化粧品開発の仕事をしていた時に資料で見たことのある、非常に珍しい高山植物だった。

「ゼノ様、この植物をご存知ですか?」

「いや、名前は知らんが、冬でも枯れずに自生しているな。薬師がたまに採りに来る程度だ」

 やはり!

 前世の記憶によれば、この植物には高い保湿効果と、肌の炎症を抑える成分が含まれているはずだ。こんなに群生しているなんて、まさに宝の山だ。


 さらに森の奥深くへと進んでいくと、不意に硫黄の匂いが鼻をついた。

「この匂いは……」

「ああ、この先は地熱が高いらしく、湯気が立つ泉がある。毒性はないが、熱すぎて誰も近寄らん」

 ゼノの言葉に、私の目はカッと見開かれた。

 湯気が立つ泉!?それって、つまり!

 私たちは急いで匂いの元へ向かった。そして、岩の間からもうもうと湯気を立てて湧き出る源泉を発見したのだ。そう、温泉だ!


「ゼノ様、これらは宝です!この領地を、王国一豊かにする宝の原石ですわ!」

 私は興奮のあまり、ゼノの腕を掴んで力説していた。

 私の計画はこうだ。

 まず、先ほどの薬草を使い、乾燥と厳しい寒さで荒れがちな人々のためのハンドクリームや石鹸といった、高付加価値の化粧品を作る。

 そして、この素晴らしい温泉を利用した湯治場を建設するのだ。王都の貴族たちは、癒やしと健康に目が無い。きっと大勢の客が訪れるに違いない。


 最初は、私の突飛な発想に戸惑っていたゼノも、私が熱っぽく語る具体的な事業計画と、その採算性についての説明を聞くうちに、その灰色の瞳に真剣な光を宿し始めた。

「……なるほど。前例のないことだが、理にはかなっている。分かった。その計画、全面的に支援しよう」

 彼はそう言うと、かつて騎士団で城塞の改修などを指揮した経験を活かし、自ら湯治場建設のための測量と設計図の作成を始めてくれたのだ。彼の持つ土木技術の知識は、私の計画を現実のものとするために不可欠だった。


 数週間後、館の厨房を借りて試作したハンドクリームが完成した。薬草をオイルで煮出し、蜜蝋と混ぜて作っただけのシンプルなものだ。それを、いつも水仕事で手が荒れている館のメイドたちに使ってもらった。

「まあ!奥様、これ、すごい!手がすべすべに……!」

 効果はてきめんだった。噂は瞬く間に領内に広がり、商品化への期待の声が日に日に高まっていく。


 化粧品の試作や湯治場の設計。二人で一つの目標に向かって知恵を出し合う時間が増えるにつれて、私とゼノの間の、目に見えない壁が少しずつ溶けていくのを感じていた。

 ふとした瞬間に、ゼノが私に向ける視線。

 それはもう、単なる「有能な契約相手」を見るものではなく、確かな熱と、そして戸惑いのようなものが混じり合った、複雑な色を帯び始めていることに、さすがの私も、もう気づかないふりはできなかった。

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