第2話・花開く心
次の日、私はまたも疲れ切った状態で駅へと向かっていた。まったく、あんな熱血指導は勘弁してほしい。私の所属する吹奏楽部はいわゆる弱小と言われるようなクラブである。
しかしながらなぜか、顧問、部員ともに志だけは高く、吹奏楽コンクールの全国大会に出たいなどと言う。部長も副部長も意気込んでおり、顧問も強豪校の練習方法や指導方法をなぞり始める始末である。
私は昔から良くも悪くも現実主義者だ。親や友達からほづみはドライだよね、とよく言われたものである。
そのため、私は今の状況にやれやれ、の一言なのだ。楽器の状態が良くて、広い合奏室があって、外部講師を頻繁に呼べるようならば全国大会を目指して熱心にやっても構わない。
しかし、私の通う高校はその理想とは正反対である。楽器は古く、お金がないからといってまともにメンテナンスもしない。校舎は古くて練習場所も少ない。外部講師など呼んだことすらない。もちろん私だって環境だけを理由に実力が決まるなどとは思っていないが、環境が重要で第一優先事項なのもまた事実だろう。それなのにみんなときたら、夢見がちな目で全国大会に出たいと言い、練習時間を延ばすだけである。練習を厳しくするよりも前にもっとすべきことがあるだろう、と私は思っているわけだ。
そういうわけで、私は毎日疲れているのだ。特大のため息をついて改札を通ると、昨日も見た電車がホームに停まっていた。私は少し考えたのち、その電車に乗り込んだ。
発車して少しすると、昨日と同じように前の車両から少年がやってきた。
「今日もいらして下さったんですね。ありがとうございます。」
そう言って少年はにこにこ笑う。
「あ、はい。あ、そうだ、えっと……」
私が少年を何と呼ぶか迷っていると、それを察したのか少年はにこやかに言った。
「ナツですよ。ナツ君、でもナツ、でもお好きにお呼び下さいね。それから、よければ敬語は不要ですよ。」
「じゃあナツ君。あの、今日は夏の風物詩とか楽しみの中でも特別気分転換になるようなものが見たいんだけど、何かないかな。」
私から夏に興味を持ったことが嬉しかったのか、ナツ君は意気揚々と候補を挙げ始めた。
「向日葵を見に行きますか?それとも蛍がいいでしょうか。それとも花火」
ナツ君がそこまで言った瞬間、私はピンときて口を開いた。
「花火、花火がいいな。」
「かしこまりました。では参りましょう!!」
ナツ君は明るい顔でそう言った。
次の瞬間には辺りが暗くなっていた。どうやらここは川辺らしい。
「水面が見えるところで花火を見ると、花火が水面に映ってとっても綺麗ですよ。」
ナツ君は昨日と同じようにここに来いと手招きをする。
私が昨日よりも速やかにナツ君の隣へ座ると、ナツ君は話しだした。
「日本の打ち上げ花火の歴史は江戸時代にまで遡ります。当時飢饉や疫病などによって大勢の死者が出ていたそうです。その死者の慰霊や悪霊退散のために行われた水神祭で花火が打ち上げられたのが最初だそうです。華やかな花火は江戸の庶民たちにも受け入れられて、川開きに花火を上げることが根付いていったようですね。」
「そうなんだ……」
ぽかんとした顔で感心しながら話を聞いていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「ねえ、よく花火が上がった時の掛け声で、『たーまやー』とか、『かーぎやー』とか言うじゃない?あれってどうしてなの?」
私がそう言うとナツ君はうんうんと頷きながら言葉を続けた。
「いい質問ですね。あの掛け声、ただ語感がいいからというわけではないんです。あの掛け声というのは江戸時代に活躍した花火師の屋号、『玉屋』『鍵屋』なんだそうです。花火大会に来た観客たちがより美しいと思った花火師の花火を称賛するために屋号を叫ぶようになったそうですよ。」
「そうだったんだ……」
本日二度目の感心である。
「さあ、そろそろですよ。」
ナツ君がそう言うや否や、ひゅーという音がして、夜空に大輪が咲いた。
「うわあ、綺麗……」
連続して上がる花火の数々に私は言葉を失った。ちらりと隣のナツ君を見ると、ナツ君も笑顔で花火に見入っていた。ナツ君の瞳にも色とりどりの光が映り込んでキラキラしている。水面にも花火の光が反射して、辺りが明るい。
大きく開いた光の花はあっという間にパラパラという音とともに散っていく。私はその刹那的な美しさに心を奪われて、いつの間にか疲れも吹き飛んでいた。
時間を忘れて花火に見入っていたため終わりが来るのはあっという間だった。しばらくしてナツ君が立ち上がり、こちらを向いた。
「今日はこれでおしまいです。花火大会、ご近所でないか探してみてもいいかもしれませんよ。では、お気をつけて。」
そう言われた瞬間、目の前の景色は車内に戻り、昨日のように最寄駅に帰ってきた。
「じゃあ、またね。」
私がそう言うと、ナツ君は少し驚いたような顔をして、それからすぐに笑顔になり嬉しそうにこう言った。
「はい、また。」
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