第2話 暗雲

 ――昔なら喜んでうちに来たのに

 

 物集は不破の母が大学教授、父は弁護士であることを知っている。とても教育熱心だということも。

 不破は相変わらず集中ができなそうに参考書を読んでいる。物集の席は教室の後ろに位置し、黒板に近い不破の席から離れている。挙動不審な彼の後姿を見て物集はため息をついた。


「もうあんなやつ放っておきなよ」

「和葉……」

 

 気の強そうな少女、相楽和葉さがらかずはは黒いロングストレートの髪を揺らしながら、物集の肩に手を置いた。それが合図だと言わんばかりに、クラスメイトが数名、物集の席の周りに集まっていく。


「マジであいつなんなの」「佐々木に気に入られたからって調子に乗りやがって」「あんなに生徒会長になるって豪語してたのに順位落ちてやんの」「まるで私らが馬鹿みたいに見下してきてさぁ」「くるくるな髪の毛はおしゃれなのかな」


「自業自得よね」

 

 クラスメイト達は不破に聞こえない声量で、コソコソと不破に対する不満を言い始める。この相楽を筆頭とした愚痴大会は今に始まったことではない。

 

 クラス分けが発表された後、最初の自己紹介の日に不破は彼の野心を隠さなかった。「俺は三学年統一テストで一位になり生徒会長になる。お前らとは違う」と。

 「一言余計!」と不破に怒り、「勘違いされやすいんです」と物集はすかさずフォローを入れた。しかし、日に日に不破の態度は悪化していく。

 一年生で生徒会入りを果たした不破は担任の佐々木に期待を寄せられている。それによるプレッシャーや一向に姿を現さない生徒会長に対する怒り。そして副会長にすらなれない焦りによって、どんどん周りを見下す言動が増えた。

 

 最初こそ味方に付いていた物集だが、こればかりはクラスメイト達に同調せざるを得ない。幼馴染とはいえ、物集自身も彼に対する不満が募っていた。


「一位どころか四位って。いい気味だわ」

 

 相楽は嘲笑った。このクラス、一年C組にはもう不破の味方はいない。彼女の言葉はこのクラスの総意と言っても過言ではないだろう。


「一発痛い目みせとく?」

 

 相楽の横にいる男子生徒が、にやりと卑しい笑みを浮かべながら相楽を見る。髪をワックスでスタイリングしていて、不破とは正反対の今時の男子高校生だと物集は思った。


 「えっと、戸井くんだよね。その、暴力とかは……」と物集が言うと「暴力は流石にやばいって」とケタケタ笑った。


「痛い目ってなによ」

「なんとなく思いついてんのが一つ。物集の協力が必要だけどな。もう休み時間終わるし、また放課後にでも話そうぜ」

 

 と、戸井が言って不破慎也に対する愚痴大会は一時解散となった。


「ごめん……慎也」

 

 彼の祖母の家へ遊びに行ったとき、彼が見せた明るい無邪気な笑顔を思い出す。物集は胸の前で拳を握りしめた。

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