第1章 異界より来たる白き運命 ①選ばれし者の日常-2


1.1.2 俺を包む無理解


通学路。

俺は、選ばれし者としての使命を胸に、静かに歩を進めていた。


「……やがて迫り来る終焉の鐘──それは、無垢なる現実を喰らい尽くす奈落の序章……」


小声で詠唱を口にしながら、手には『白焔の堕天光使(ルシフェリア・セラフコード)』のノートを握りしめている。


いわばこれは、俺の世界の“聖典”だ。

未来を切り開く導きの書。



「そして、我はその封印の継承者にして──うおっ!?」


ガンッ。


……電柱に、思いっきり頭をぶつけた。


「……っつ……」


前髪を押さえながら顔を上げると、向かいの歩道から女子高生たちが俺を見てクスクス笑っていた。


笑うがいい。

無理解なる者たちよ……




でも仕方ないだろ? 世界の滅びが俺の中で進行してたんだから。


***


ホームルーム前、教室の席に座ると、前の席の奴らの声が耳に入ってきた。


「なあ見たか? 黒川のノート、昨日ちょっと見えたけどさ……あれマジやばいって。『聖鍵の封印者』? 何それwww」


「いや普通に中二病じゃん? しかも“光の巫女たちに選ばれし者”とか書いてあったし……女子の名前っぽいの多くなかった?」



くっ……俺の、聖典が……!


机に突っ伏しているふりをしながら、俺は心の中で静かに叫ぶ。


「見よ……選ばれし者の記録が、無知なる者に踏みにじられている……」


──だがこれもまた宿命か。

真に選ばれし者は、常に嘲笑され、迫害される。


古今東西、英雄の定めは孤独なのだ。



俺はノートをそっと胸に抱き、目を閉じた。

たとえ理解されなくても、俺にはこの聖典がある。

ここにしかない真実が、俺の存在を証明してくれる……!




「おーい黒川、プリント回して〜」


「……ああ」


仕方なく返事をしながら、プリントを手渡す。

そのとき、ふと視界の端で、ひらりとスカートの裾が揺れた。


一瞬で心臓が跳ね上がる。


──見てない。

俺は見てない……っ!!


「あ……あのな、俺は別に、煩悩なんかに屈するわけじゃ……」


心の中で慌てふためきながら、目を逸らす。

この程度で動揺する俺ではない。


俺は選ばれし者。

光の使徒。

聖なる審判者──


でも、ちょっと赤面した。

なんか負けた気がして悔しい。




国語の時間、先生が何か難しいことを言っていた気がするが、俺は既に別の次元にいた。

机の下、俺の手元でノートのページがそっと開かれる。


「──白き翼の巫女・アリスフェル・クラリティア。彼女は闇に堕ちた者を光へと導く“転生の儀式”を司る……」


シャーペンの芯が走る音だけが、静かな興奮を奏でていた。

教師の声も、クラスのざわめきも、俺には届かない。


「ふふ……アリスフェルよ。今日こそ、お前の真の力を──」


……あ、やばい。

女子の名前に似すぎたか?

まあいい。

あくまで偶然だ。


ノートの中では、俺は常に中心に立っている。

救世の巫女たちは俺の名を呼び、闇に抗い、世界の命運は俺に託されている。


現実なんて、ただの素材。

真の世界はここ(ノート)にある。


そう思えば、少しだけ呼吸が楽になる。

たとえ現実の俺が、「ちょっとイタい奴」として扱われていようとも、ここにしかない輝きがあるのだから。


俺の中にある、世界を変える力。

誰にも知られなくても、それでもいい。



だって俺は──

選ばれし者なのだから。

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