第27話 実技試験(第2ラウンド)

 鐘の音は訓練場に響き渡り、二人はゆっくりと離れる。待ちに待った休憩時間、レオが目指すのはフィールドの端。視界が揺れ、足元がふらつく中、なんとか椅子にたどり着き、倒れ込むように座り込んだ。


(このままじゃ勝てない……。どうすれば良いんだ……)


 休憩時間は僅か2分、その間に勝つ方法を見つけないといけない。先のラウンド、レオは一度も攻撃に出られなかった。

 

(勝つには攻撃をしないといけない。守ってばかりじゃ絶対に勝てない。攻勢に出て、何とか主導権を握り、一発でも良いから攻撃をいれないと)


 さっきまでは防御だけで精一杯だった。だが、それでも彼は彼女を観察していた。剣の出し方、足の歩み。昔の姉との訓練を思い出しながら、思考を集中させる。 


「レオ君、お水飲む?」


 突然、明るい声が響き、レオは顔を上げる。フィオナは彼の隣に座りながら、そっと水筒を差し出していた。

 

「あ、ありがとうございます。頂きます」


 レオが喉を潤していると、フィオナは興味深そうに彼を覗き込んでいた。


(うん、やっぱりこの子は良い子だな)


 フィオナは自分の直感に自信がある。大抵の人間を一目見れば、それが善人か悪人か、ほぼ分かる。外れたことは殆どない。


「どう?緊張する?」


 そんなフィオナでも、流石にアリシアが敵国の騎士を仕えさせて、弟として接すると突然言い出した時は正直、反対したし気が進まなかった。


「えっと...少し……」


 ただアリシアがこの離宮に彼を連れて来たとき。始めて2人が一緒にいるのを見たとき。一目でわかったし、納得をした。アリシアは自分達には普通を装っていたが、レオに対する眼差しは慈愛に満ちていたし、レオもまたアリシアの事を心から慕っていた。


「ふふ、これはみーんなが通る道だからね。頑張って」


 だからフィオナは二人の偽りの姉弟を応援している。重い空気のなか、レオに対して明るく振る舞う。主のため、彼が騎士団に馴染みやすくする。

 上官はお堅いので、これはフィオナの役割だ。


(この子が、殿下を救ってくれれば良いな)


 アリシアがレオについている彼の姉だという嘘。

主がしてる事は正しい事なのかフィオナには分からない。ただ二人の関係が壊れて欲しくは無いなと思っている。


(あ~、けど簡単に罵声浴びせる騎士はイライラするなぁ。あとで指導しよっと)


 会場に来たレオに罵声を浴びせた者、いくら敵国の騎士だとは言え、彼は少年だ。そんな子供に罵声を浴びせる何て信じられない。ましてや自分が反撃される事はなく、高みから一方的に言葉の攻撃をするだけ、フィオナはそういう事が大嫌いである。


「あの、フィオナさん、水筒ありがとうございました」


 休憩時間の終わりが近づき、レオはフィオナに水筒を返す。一人だけでも味方っぽい人がいるだけで、少し安心出来る。


「じゃあ、レオ君、ファイトだよ♪あ、あと木剣は取り替えてね」

「はい!わかりました!頑張ります!」


 再びフィールドに足を踏み入れ、シルビアと相対する。


(今度は攻撃をする!勝つんだ!お姉ちゃんの為にも!)


 攻撃を加え、ダメージを与える。そうして勝利を見いだすのだ。


(さっきのラウンドでのシルビアさんの戦い方を思い出す!)


 分析して、活かす。今度は防ぐだけじゃない必死に攻撃する。絶対に流れを自分に持ってくる。


(開始と同時に迷わず攻撃だ!)


 フィオナが手を上げ、2人を見つめ、ゆっくりと息を吸った。


「両者、構え!ファイトッ!!」


 レオは合図と共に踏み出し、シルビアに斬りかかる。


「ふっ!」


 だが、剣を合わせもせず、彼女は難なく避けた。すぐに当たらない事は想定内だ。


(もう一度!もう一度!)


 避けられても体勢を立て直し、何度も剣を振り上げ攻撃をする。ただどれも直前に場所にシルビアはおらず、木剣は空を斬るだけ。


「甘いぞ!」


 大ぶりになったレオの攻撃はシルビアの剣に当たったかと思えば、弾かれバランスを崩す。そこにすかさず彼女の膝蹴りがレオの腹に食い込んだ。


「うっわ、えぐいよ中隊長」


 その本気の攻撃にフィオナもドン引きである。一方、観衆は歓喜に沸く。


 膝蹴りを食らった所に、更に頭部に斬撃をまともに食らい。レオ再び、倒れ込んでしまう、


「ワァーーンッ!ツゥーーー!スリーーーィ!……」


 カウントが響き、レオは必死にもがき体を起こそうとする。だが、頭がクラクラする。口に血がにじみ。バランスが取れない。


「ハァッ……、ハァ……」

「セェブン!!エェイット」


 諦めそうになる。ここまで戦ったら、善戦したと判断されて、もしかして姉が何とかしてくれるかもしれない。

 姉の顔が脳裏に浮かぶ……


(お姉ちゃん……、弱気になっちゃダメだ……、お姉ちゃんが信じてくれているんだ)


 だが必死の攻撃が通らない。彼女との実力の差は明白だ。苦しい。


 姉がいなかった3年間を思い出す。


(こんな痛みが何だ!お姉ちゃんがいなかった時、一人ぼっちだった頃の方が苦しかった!痛かった!それと比べればこんな痛み耐えて見せるっ!)


 ふらつく中、胃液がこみ上げる中、力ずくで剣を地面に突き刺し立ち上がる。


「ナァァァイン!大丈夫?」

「大丈夫です!続けてください」


 本当は大丈夫ではない。体はとっくに限界だ。これが騎士学校の模擬戦だったら、とっくに諦めている。姉の隣に立つ為、姉を笑顔にする為、そしてやっと動き出した自分の人生を進むため。レオは決死の気持ちでシルビアに木剣を向ける。


「まだ立つか!その気持ち……根性は素晴らしい」


 観衆から驚きの声が上がる。もう彼に蔑んだ視線を向ける物は居ない。この少年を一人前の騎士として、敬意を込めた視線を送っていた。


「え?嘘でしょ?」

「あの子、すごくない?」

「もしかして、悪い子じゃないのかも」


 再開の合図と共に再び、剣を合わせる。足元がふらつきながら、何とか耐える。なんとか彼女の剣に追い付き、直撃を避けているが、手も痺れ、衝撃までは防ぎきれない。


「くっ」


 もう倒れないよう、必死に彼女の攻撃を防ぐ、木剣も限界を迎えているのか、斬撃の度、ミシリと悲鳴を上げている。


「はぁ……、はぁ......」


 防ぎきれななった斬撃が、何度も何度も身体中に当たり、上手く息が出来ない。


 視界が暗くなり、足元が崩れそうになった時、再びラウンド終了の鐘が鳴り響いた。

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