第25話 筆記試験
レオは侍女に連れられて、離宮の長い廊下を歩いていた。足音が響くたび、鼓動が速くなる。すれ違う人は全員面識が無い。試験の緊張と一人ぼっちの孤独感が襲う。
(いや、ダメだ!気持ちで負けたら終わりだ!)
試験室の前まで歩くと、侍女は一礼をして去っていった。ドアの前で深呼吸をし、レオは心の中で自分に喝をいれる。
(やれる!俺は絶対やれる!お姉ちゃんの弟なんだから!)
まずは王女様に仕える者として、相応しい騎士に見えるように表情を整える。もう一度、大きく息を吸ってからドアをノックした。すぐに入室を促され試験室へと足を踏み入れる。
「レオ・グリムソードです。本日は宜しくお願いします!」
「レオさんですね。私は女官長のクラリスです。本日の筆記試験を担当します。筆記用具が置かれている机に着席して下さい」
部屋には眼鏡をかけた女官長クラリスが待っており、レオは頭を下げて挨拶をする。部屋には何台も机が並んでおり、彼女に指示通りの席に座った。
「では試験の説明をします。試験は筆記試験と実技試験の二部構成です。最初の筆記試験は言語、数学、自然科学、地理、魔術、軍事、法制、教養の総合問題です。筆記の後は訓練場で実技の模擬戦を行います。問題はこちらです」
彼女から問題用紙を受け取り、レオは心を落ち着かせる。今まで、こういう時は姉との写真を入れたペンダントを握っていた。ただ今日は違う。姉が本当に応援してくれる。自分を信じてくれている。それがレオを今まで以上に強く支えてくれていた。
(俺を信じてくれているお姉ちゃんの為にも!絶対に合格する!)
側で見守ってくれる人がいる。愛してくれる人がいる。だから、レオは何が何でも合格しないといけない。
「筆記試験は正答率が7割で合格、8割で良、9割で優となります。時間は三時間です。何か質問はありますか?」
内心では不安もある。オルテリアの法律、風習などは昨夜からの一夜漬けだ。しかも試験用の勉強では無い。王女様の影武者をしている姉と一緒にいるため。自分が姉に恥をかかせないため。その為に学んでいた。
ただ、やるしかない。前に進み、エンブレイズで覚えた内容は満点を狙う。それしかない。
「いえ、ありません!」
心を研ぎ澄ませ、意識を集中させる。
「では試験開始です。始めて下さい」
合図と共に、問題用紙を開き、レオは問題を解いていく。設問の数は膨大で、それぞれの内容が複数の分野に跨っているのも多い。静かな部屋に紙の擦れる音とペンの音だけ響いた。
(最初は簡単な所から……、難問は飛ばして最後に……)
エンブレイズとオルテリアで変わらない内容の設問から手をつける。オルテリア独自の法制や教養なども後回しだ。
(良かった!騎士学校で習った事が多い!)
レオは今までの知識を総動員して回答していく。姉の弟として、全て、今日この日の為に努力をしてきたのだ。本気を出さないといけない。やり切らないと……
(それに、もし俺が不合格になったら……、お姉ちゃんがまた落ち込んじゃう。お姉ちゃんの落ち込んだ顔はもう二度と見たくない)
レオを楽に入団させようしてくれた姉。それが通らず姉は心を痛めていた。これでレオが不合格になってしまったら、姉は更に自分のせいだと考えてしまうに違いない。そうなってしまう事はレオには耐えられない。姉は何も悪くないのに、いつも感謝してるのに。
(合格して、お姉ちゃんのお陰で合格出来たよって、自信を持って伝えたい!!)
そうすれば姉は喜んでくれる。褒めてもくれる。だからレオもそれに応えるのだ。
問題を解きながら、レオはエンブレイズで姉と過ごした日々を思い出す。
(昔、よくお姉ちゃんに勉強を見てもらったな。)
姉は何でも出来た。レオが騎士学校の受験勉強で行き詰まるとすぐに姉が教えてくれる。分からない問題は分かるまで手伝ってくれた。そのお陰でレオも騎士学校を優等で卒業出来た。
(今度は、俺が早くお姉ちゃんを支えられるようにならないと!)
問題用紙を次々とめくり、答案に記入していく。設問は多く、急いで解かないと時間が足りない。時間配分を意識しながら最後の最後まで集中していく。
(これは見たことない……、オルテリアの文化だ……)
オルテリア独自の問題、選択肢を絞っても悩んでしまう。メモ用紙に思考を走らせるが、自然と筆圧が高くなる。
(俺は出来る!絶対合格出来る!)
脳が熱くなり、目の前の障害に渾身の力を込める。部屋に自分のペン音だけが響く中、時間は過ぎていく。制限時間間際、最後の問いを解答し、終了の鈴が鳴った。
「時間です。解答用紙を回収します」
その言葉と共に、どっと疲れが押し寄せる。幸いにもオルテリア独自の内容の問題は全体の2割ほどで、8割ほどの内容はエンブレイズでも学習出来たことだった。
(オルテリアの問題も……少しは出来たはず、記述も部分点は貰えるはず……)
クラリスは答案を確認すると立ち上がった。
「筆記試験はこれにて終了です。次は実技ですので、西の訓練場に向かってください」
「はい、ありがとうございました!」
レオは立ち上がりお礼をした。疲れはしたが、実技試験が残ってる。気を抜く余裕はない。
レオは案内通り、訓練場へと足を進める。だが、近づくにつれ、女騎士達の視線が増えていた。彼女達のささやきが聞こえる。
「あの子が例の?」
「そう、敵国出身なのに、入団試験を受けさせるなんて……」
「信じられないわ。殿下はどうして、あんな子を……」
「見た目は可愛いけど……、怪しいな……」
女騎士たちの敵意が込められた声が鋭く、レオの心に突き刺さる。誰も自分を歓迎していない。
姉が言った通り、王女に取り入った敵国の騎士として見られていた。
(うっ、皆俺のことを嫌ってる……)
負の感情が込められた視線に囲まれ、レオは内心怖気づいてしまう。
(ダメだ!弱気になっちゃ!)
アウェイの雰囲気なんかに負けるわけにはいかない。こんな困難に負けるくらいじゃ姉の隣には立てない。レオは勇気を振り絞り、訓練場の中央へと向かった。
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