第4話:魔物の波と、遠隔で放たれる閃光

【ロザリンド視点】


「報告!村の奥地から、新たな魔物の群れが接近しています!」

「開拓機械の一部が暴走!村の中心部へ向かっています!」


 次々と飛び込んでくる報告に、私は思わず唇を噛んだ。乾いた唇から血の味が広がる。その瞬間、全身に冷たい汗が吹き出し、肌を這い上がっていく。村の防壁が、まるで心臓のようにドクン、ドクンと音を立てて震えるのが聞こえた。

 村が活気を取り戻し、開拓が順調に進んでいた矢先のことだった。ゲームのシナリオにはない、まさかの『魔物襲来イベント』なんて。悪役令嬢がモンスターと戦うなんて、どんなゲームよ!

 恐怖よりも、予想外の事態に直面した時の、焦燥感が私の心を支配した。


 私はすぐに指示を飛ばす。

「緊急防衛ラインを構築!村人たちは避難を急いで!各所に配置された魔力抑制装置を最大出力に!」

 私の【内政チート】を駆使し、村の防衛体制を整える。簡易バリケードの設置、村人たちへの指示系統の確立。短時間でできることは限られているが、それでもやらないよりはマシだ。私の思考はフル回転し、瞬時にいくつもの防衛策を弾き出す。だが、どの策も、この圧倒的な魔物の数と、暴走した機械の力を前に、決定打にはならないと告げていた。

 魔物の数が多すぎる。しかも、暴走した開拓機械は、魔力を帯びて不規則な動きをするため、非常に危険だ。その鋼鉄の巨体が、ゴウゴウと地響きを立てながら迫ってくる。村の子供たち──特にアベルの小さな顔が脳裏をよぎる。このままでは、村が、アベルたちが壊滅してしまう。私の胸の中で「村を守らなければ」という感情が激しく「膨張」した。

 ああ、どうすればいいのよ、こんなの!


 頭の中で、あらゆる可能性をシミュレーションした。

 『ゲーム知識』?役立たず。この世界は、ゲームのデータなんかじゃ測れない。

 『権力チート』?こんな辺境の村に、今さら王都の兵が駆けつけるはずがない。

 となると、残された道はただ一つ。

 聖女リアナに、あの『噂の鍛冶師』に助けを求めるしかない。

 この大ピンチを乗り越えられるのは、彼の未知の技術しかない。そう直感した時、私の「ゲームの常識」という「違和感」が、「彼を信じる」という「価値観の発動」へと変化した。私の心は、彼の力に全てを委ねる覚悟を決めた。

「聖女リアナ!お願い、すぐに彼の元へ行って!この状況を伝えて!至急よ!」

 私の切羽詰まった声に、聖女リアナは青ざめた顔で頷き、工房へと向かって駆け出した。彼女の背中が、私の最後の希望だった。

 あの鍛冶師は、本当にこんな窮地を救えるのか?彼は、どんな顔をしているのだろう?会ったこともない彼に、私の命運と村の未来を託すなんて……。

 お願い……あなたの力を、私に貸して……。

 私の運命は、そしてこの村の命運は、まだ見ぬ天才鍛冶師の手に委ねられた。

 信じるしかない。私の直感を、そして、彼の未知の技術を。

 ゲームではこんなピンチ、攻略キャラが颯爽と助けに来てくれたのに。今回は自分で解決するしかない。この目の前の絶望を、私の手で覆してやる。


【クロウ視点】


 聖女リアナが、息を切らして工房に飛び込んできた。その顔は蒼白で、息も絶え絶えだった。髪は乱れ、純白の衣には土が付着している。

「クロウ様!村が……村が大変です!魔物が、機械が暴走して……!」

 彼女の混乱した様子から、事態の深刻さが伝わってきた。リアナの言葉は支離滅裂だったが、僕の『フィルタリング型』思考は、その断片的な情報から状況を瞬時に再構築した。村の魔力反応が急激に乱れ、未知のエネルギー波が検出される。

 僕は聖女リアナから、村の状況を詳しく聞き出した。魔物の種類、暴走機械の規模、村の防衛状況。彼女の言葉から、ロザリンドという女性が、混乱の中でも的確に指示を出していることが分かった。やはり、あの女性はただ者ではない。僕の知的好奇心をさらに刺激する。

 魔物の出現。開拓機械の暴走。それは、魔力枯渇地帯特有の不安定化現象だ。この地域の魔力は、均衡が崩れると負の方向に作用しやすい。聖王国はこの現象を『不浄の瘴気』と呼び、聖なる力で『浄化』という名の排除を行っていた。だが、それは根本的な解決にはなっていない。彼らは現象を理解せず、ただ力でねじ伏せようとしているに過ぎない。

 僕が目指すのは、負の魔力を『抑制』し、暴走を『鎮静化』させることだ。

 僕は徹夜で、研究に没頭した。時間の概念が曖昧になるほど、思考は加速する。解析を続ける僕の指先が、微かに震えた。答えが見えた気がした。

 聖女リアナの聖なる力を応用した【現代知識チート】による、新たな装置の開発。

 一つは『魔力抑制装置』。これは、特定の周波数の魔力波を放出し、負の魔力反応を中和する。暴走した魔物や機械の動きを鈍らせ、一時的に活動を停止させることが可能だ。

 もう一つは『危険察知装置』。これは、魔力の異常な変動を感知し、その発生源と方向を特定する。これにより、魔物の出現パターンや暴走の予測が可能になる。

 「できた」

 夜が明け始めた頃、僕は完成した装置を聖女リアナに差し出した。僕の顔に表情はなかったが、頭の中では、最適解を導き出したことへの静かな満足感があった。

 聖女リアナは、僕の手から装置を受け取ると、目に涙を浮かべた。その瞳には、純粋な安堵と感謝が溢れていた。

「ありがとうございます……!これで、村の人たちが……!」

 彼女の純粋な感謝の言葉が、僕の心を温かくする。彼女の「安堵」という感情が、僕の「点の膨張」をさらに加速させた。僕の脳裏に、村の子供たちが笑う姿が、データとしてではなく、温かい光景として浮かんだ。

 彼女の声が、また聞ける……。

 僕の研究は、純粋な探求の先にある。だが、それが誰かの役に立つ、誰かの笑顔に繋がる。その事実が、僕に新たな推進力を与えている。

 あの女性の村を、聖女リアナを、救うために。


【聖王国情勢】


 聖王国には、錆びた開拓村で『不浄の魔物』が現れ、村を襲撃しているという報告が入っていた。斥候からの報告書には、魔物の詳細な絵が描かれ、その獰猛さが強調されていた。

「やはり不浄の地!穢れた者が集まれば、魔物も発生するというものだ!」

 最高司祭は、自らの信仰の正しさを確信したかのように言った。その声には、微かな高揚感が混じっていた。彼にとって、これは聖なる力の優位性を再確認し、民衆の信仰心を煽る絶好の機会でもあった。

 聖なる力を持つ聖女リアナの失踪と、不浄の村の発展。これらを結びつけ、聖王国は「穢れた者たちが聖女リアナの力を悪用している」という誤った情報を流布し始めた。その目的は、民衆の不安を煽り、聖王国への支持を強固にすることだ。

 彼らは、聖女リアナを奪還し、村を完全に『浄化』することこそが、世界を救う唯一の道だと固く信じ込んでいる。その信念は、彼らの技術的限界と、真実への無理解の裏返しでもあった。

 彼らの持つ聖なる技術は、魔物を『排除』することはできても、『抑制』したり『共存』したりする発想はない。全てを聖なる力でねじ伏せる、強硬な手段に偏っていた。それは、「力による支配」という彼らの「価値観の発動」だった。

 最高司祭は、聖女リアナの捜索部隊に、さらに精鋭を送り込むよう命じた。

 「聖女リアナの力を取り戻せ。そして、あの不浄の地を焼き払え!」

 彼の言葉に、聖王国の兵士たちは熱狂した。彼らの瞳には、聖なる力への盲信と、勝利への確信が宿っていた。

 聖王国の動きは、ロザリンドの村にとって、刻一刻と危険なものになっていた。


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第4話:魔物の波と、遠隔で放たれる閃光


「まさか魔物まで現れるなんて!しかも開拓機械が暴走って、冗談じゃないわよ!私の【内政チート】だけじゃ、どうにもならない大ピンチだったわ。あの鍛冶師に助けを求めるしかなかったけど、まさかこんな短時間で解決策を送ってくれるなんて……。本当に、彼は何者なのかしら?これで一安心……と言いたいところだけど、村の発展は確実に聖王国の目にとまっているはず。次は何が起こるか、気が抜けないわね!」


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次回予告


(クロウの技術で村が安定し、一息つくロザリンド)

ロザリンド: 「これでスローライフに一歩前進!……でも、聖王国の動きが気になるわね。」


(聖女リアナからの情報で聖王国の不穏な動きを知り、思案するクロウ)

クロウ: 「聖なる力と科学。その関係を、解明する必要がある。」


(聖王国、聖女リアナ奪還のため、そして村の掌握のため、特殊部隊を編成する)

最高司祭: 「不浄の村の掌握、そして聖女リアナ奪還を最優先とせよ!」


村の繁栄に忍び寄る、聖王国の不穏な影。見えざる脅威に対し、ロザリンドとクロウの知恵は通用するのか?次回、『不気味な恩恵と、迫る聖王国の影』。

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