第3話:甦る開拓の灯火、謎深き協力者の影

【ロザリンド視点】


「見てください、公爵令嬢様!芽が出ましたよ!」

 村人の一人、アベルが興奮した声で畑を指差した。その声は、希望を失いかけていたこの村では、まるで奇跡の歌声のように響いた。アベルはまだ十歳にも満たない小さな男の子だけど、瞳は輝きに満ちていた。彼の小さな手が、そっと土から顔を出したばかりの青い芽に触れる。

 そこには、わずか数日で青々とした芽が顔を覗かせている。聖女リアナが持ってきてくれた、あの改良種だ。生命力に溢れる小さな緑が、ひび割れた大地に確かな色を添えていた。


 錆びた開拓機械も、薬液を施した部分から少しずつ錆が剥がれ落ち、鈍い光を放ち始めていた。完全に稼働させるにはまだ時間がかかるだろうが、確実に一歩前進している。金属が擦れる鈍い音に混じり、微かに歯車が回る予感のような音が聞こえた。

 私は内心で、ガッツポーズをしていた。私の【内政チート】が、ようやく本格的に機能し始めたのだ。

 村人たちを組織し、薬液を効率的に散布させ、種を適切な場所に植えさせる。汚染された井戸水も、濾過装置を設置することで、飲めるレベルまで改善できた。これも、あの鍛冶師の技術の応用だ。

「皆、素晴らしいわ!この調子で、村を立て直しましょう!」

 私の言葉に、村人たちの顔に久々の笑顔が咲いた。濁っていた彼らの目に、再び光が宿ったのを感じる。彼らが私の言葉を信じ、懸命に働く姿を見るのは、悪役令嬢として生きてきた私には、新鮮で、少し心地よい感覚だった。私が築き上げたものが、彼らの希望となる。その確かな手応えが、私の心に「感情の膨張」を起こしていた。


 だけど、同時に疑問も深まる。あの鍛冶師は、一体何者なのか。

 聖女リアナは彼のことを多く語ろうとしない。ただ「人付き合いが苦手な、森の奥に住む鍛冶師様」としか言わないのだ。しかし、彼の技術は、この世界の常識をはるかに凌駕している。

 まるで、私と同じ……いや、私以上に『この世界のことわり』を知っているかのような知識と技術。

 まさか、私と同じ転生者?いや、それはありえない。乙女ゲームには、そんな隠しキャラはいなかったはずだ。ゲームの枠を超えたこの『裏ルート』を確実に成功へと導いてくれる存在。それが彼なのかもしれない。

 「一体、どんな人なのかしら?彼のこと、もっと知りたいな……」

 私の思考は、彼という未知の存在の謎に深く引き込まれていく。胸の奥が、ほんのり温かくなるのを感じた。この急速な発展は、必ずや旧王国や聖王国の目に留まるだろう。特に、あの聖王国は厄介だ。彼らの信仰は、自分たちの常識から外れたものを『不浄』と見なす傾向がある。

 私の情報網が、すでに不穏な兆候を捉え始めている。村の空気に、微かながらも、嵐の前の静けさのような緊張感が漂い始めたのを感じた。アベルのような子供たちを守るためにも、気を引き締めなければ。

 早急に、次の一手を考えねば。この村を、彼らの脅威から守るために。


【クロウ視点】


 聖女リアナが、また僕の工房に戻ってきた。

 彼女は今回も、目を輝かせて「錆びた開拓村」の成功を報告した。その声には喜びが満ちていた。

「クロウ様!あの薬液と種で、村が本当に変わりました!みんな、ロザリンド様を神様みたいだって言ってます!」

 『神様』、か。

 僕は聖女リアナの言葉に、わずかな感情の揺らぎを感じた。僕の技術が、直接的に人々の喜びに繋がっている。それは、今まで純粋な探求だけを目的としてきた僕にとって、新しい感覚だった。データの解析結果とは異なる「人の感情」という情報が、僕の心の「点」を微かに「膨張」させていた。

 聖女リアナはさらに、村の奥地から現れる魔物や、暴走する機械の脅威について語った。彼女の表情は、村の状況を心配する気持ちで曇っていた。

 ふむ。今度は『不安定化』の現象か。

 僕はすぐに、それらを鎮静化するための新たな研究に着手した。

 この世界の魔力は、不安定な部分が多い。特に、魔力枯渇地帯では、魔力そのものが暴走しやすい傾向にある。聖王国は、この現象を『不浄』と呼び、聖なる力で『浄化』という名の排除を行っている。だが、それは根本的な解決にはなっていない。彼らは現象を理解せず、ただ力でねじ伏せようとしているに過ぎない。

 僕が目指すのは、現象の『抑制』と『制御』だ。

 僕は工房の奥から、とある設計図を取り出した。それは、聖王国の技術では不可能だった『汎用性の高い安全装置』の基礎となるものだ。特定の魔力波を打ち消し、安定させる装置。これを応用すれば、魔物の暴走も、機械の誤作動も防げるはずだ。

 僕は黙々と作業を始めた。僕の思考は、複雑な回路と理論を構築していく。その指先は、まるで生き物のように滑らかに動き、必要な部品を選び取っていく。聖女リアナは、僕の傍らで不安そうに僕を見つめている。

 「クロウ様は……いつも、人のために、こんなにすごいものを作っているのですね」

 その言葉は、僕の心を少しだけ温かくした。

 人のため、か。

 いつの間にか、僕の研究は、純粋な好奇心だけでなく、あの村と、あの女性のために動いているような気がした。「この技術で彼らを助ける」という動機が、僕の内に「価値観の発動」として芽生えていた。ロザリンドという女性が、僕の技術を最大限に活かしてくれる。その事実が、僕の探求をさらに加速させる。


【聖王国情勢】


 聖王国に、錆びた開拓村からの斥候の報告が次々と舞い込んできた。

「ありえません!不毛の地が、わずか数日で緑を取り戻し、錆びた機械が再稼働したと!」

 報告を聞いた聖職者たちは、一様に驚きを隠せない。その顔には、信じられないという表情と、微かな恐怖の色が混じっていた。

 最高司祭は、眉間に深い皺を刻んでいた。彼の指先が、卓上の地図を苛立たしげに叩く。

「聖女リアナの力が関わっているに違いない……!」

 彼らはそう推測した。聖女が連れ戻されれば、あの奇跡は止められる。そう信じて疑わなかった。彼らの思考は、聖なる力という唯一の『点』に固定され、それ以外の可能性を『不浄』として排除する『フィルタリング型』に陥っていた。

 だが、彼らは気づいていなかった。その復興が、聖女の『力』だけでなく、全く別の『技術』によってもたらされているということに。

 聖王国の経済は、独占していた『聖なる資源』の価値低下によって、少しずつ綻び始めていた。他国では、辺境の特産品として『錆びた開拓村』の作物が注目され始め、市場では聖なる素材の価格が僅かながら下落し始めていたのだ。この事実が、最高司祭の「納得できない沈黙」に、苛立ちの波を加えていく。彼の表情は、もはや困惑を隠せない。

 「あの村の発展は、我々の秩序を乱す。聖女リアナを奪還し、不浄の村を完全に鎮圧せよ!」

 最高司祭が苛立ちで聖書を叩きつけ、鋭い声を上げた。その声には、焦燥と、自らの権威が揺らぐことへの恐怖がにじんでいた。彼らの動きは、もはや聖女の確保だけではなかった。彼らは、自らの経済基盤と信仰の優位性を守るため、あの村を完全に支配しようとしていた。


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第3話:甦る開拓の灯火、謎深き協力者の影


「錆びた機械が動き出し、不毛な大地から作物が芽吹く……本当に奇跡のようね。私の【内政チート】もフル活用して、村はどんどん活気を取り戻してるわ。村人たちの笑顔を見るのは、悪役令嬢としては新鮮で、少し心地いい気分だった。でも、あの『噂の鍛冶師』の存在が、ますます謎に包まれていくわね。一体どんな人物なのかしら?彼のこと、もっと知りたいな……。そして、この村の急速な発展は、旧王国や聖王国の目にどう映るのか……そろそろ本格的に動き出す頃合いかしら。気を引き締めないとね!」


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次回予告


(村に迫る魔物の群れと暴走する機械を前に、ロザリンドが焦る)

ロザリンド: 「こんなピンチ、ゲームにはなかったのに!あの鍛冶師に頼るしかないわ!」


(聖女リアナからの緊急連絡を受け、解決策を模索するクロウ)

クロウ: 「魔力抑制装置と危険察知装置……最適解を導き出す。」


(聖王国、村の異変を『不浄』と断じ、攻撃準備を進める)

最高司祭: 「不浄の地を浄化せよ!聖なる力こそが絶対なのだ!」


魔物の波が村を襲う!絶体絶命のロザリンドを救うのは、遠隔で放たれる天才の閃光か?緊迫の攻防が今、始まる!次回、『魔物の波と、遠隔で放たれる閃光』。

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