3 王太子の異変
あっさりと父王の許可を得、翌日の朝、いつものようにヘストと二人で城を出立したヴァルダムは、約十日の旅路を経てクラグス領に到着した。
だが……。
「殿下、本当に大丈夫なんですか……?」
「くどい! 何度も同じことを言わせるな」
いらいらと答えた拍子に、ぴしゃんっ! と走る馬車のすぐそばに雷が落ちる。
ヘストの「ひぃっ」という小さな悲鳴に、怯えた馬のいななきが重なった。
おそらくクラグス領の町の人々も、晴れているにもかかわらず突然、どこからともなく雷が近くに落ちる馬車に驚いているに違いない。
ヘストが心配そうに何度も尋ねる気持ちもわからなくはない。クラグス領に近づくにつれ、ヴァルダムの調子が明らかに悪くなってきているのだ。
身体のどこかの調子を崩したり、怪我を負ったわけではない。むしろ、異変が起きているのは精神のほうだ。
もともと、自分の気が短いことは知っている。王城では陰で『
だが、旅の後半になってからというもの、明らかに変だ。
ほんの
クラグス領に近づくにつれ、自分でも制御できない凶暴な感情が胸の中で渦巻き、発作的に破壊衝動に襲われるのだ。
いまは意思の力で抑え込んでいるが……。
このままこの状態が続いたらと思うと恐ろしくなる。
これも暴虐の魔物の封印が弱まってきている影響なのだろうか。
だが、ここまで来て王都に戻ることなど決してできない。
むしろ、封印の様子を確認し、いざとなれば鎮守の聖女がおらずとも、再封印をほどこさなくては。
「ヘスト。もし万が一、俺が発作に襲われた時には、周囲に防御壁を張って、被害が出ないようにしろ。最悪の場合、俺を気絶させてもいい」
「か、かしこまりました……っ!」
ヴァルダムの指示に、青い顔をしながらもヘストがきっぱりと頷く。
常にそばにいるヘストは、もしかしたら本人以上にヴァルダムの様子が危ういことを察しているのかもしれない。
「……間もなく、領主の館だな」
クラグス伯爵の娘がどうか、求める鎮守の聖女であるようにと祈りながら、ヴァルダムは決して発作を起こさぬよう、気を引き締めた。
「これはこれは王太子殿下。我が領へお越しいただき、感謝の意に絶えません。快適さは王都には及びませんでしょうが、精いっぱいのおもてなしをさせていただきます。どうか、心ゆくまでごゆるりとご滞在ください」
「ああ、しばらくの間、世話をかける」
領主の屋敷の前で馬車を降り立ったヴァルダムは、
早馬で知らせがあっただけで、急に王太子が来訪したということで、屋敷の召使いやクラグス領を守る騎士達からは目に見えそうなほどの緊張が立ちのぼっている。
「伯爵。ご息女のミナンダ嬢が、聖女だと聞いているが」
列の最前列で頭を下げる華美なドレスを着た少女が、間違いなくミナンダだろうと思いつつ水を向けると、待っていましたと言わんばかりに、伯爵が大きく何度も頷いた。
「はいっ! おっしゃるとおりでございます! いやはや、我が娘のミナンダは、親の欲目を抜きにしても、素晴らしい聖女でございまして……っ! 我が領の平穏は、騎士団とミナンダが守っていると言っても過言ではございませんっ!」
世界を脅かすのは暴虐の魔物だが、人々の日々の暮らしの脅威のひとつは魔獣だ。
むしろ、人々にとってはおとぎ話に近い暴虐の魔物より、直接的に暮らしに被害を及ぼす魔獣のほうが現実的な脅威だろう。
毎年、春と秋の魔獣の動きが活発になる季節には、各地の領で騎士団による魔獣狩りが行われている。
特にクラグス領は隣国との国境であるカデルア山脈の
ヴァルダムも毎年、ヘストと二人で訓練がてら魔獣討伐のために王国の各地に赴いているが、そうした事情にもかかわらずクラグス領に来たことがないのは、騎士団とミナンダが優秀なため、自領で対応できていたからだ。
伯爵の言もあながち誇張ではあるまいと、ヴァルダムはゆったりと頷く。
「そうか。伯爵がそこまで言うからには、素晴らしい力を持つ聖女なのだろうな」
もしかしたらミナンダこそが探し求めていた鎮守の聖女かもしれない。
顔を上げて楽にするように告げ、伯爵に水を向けると、伯爵が媚びた笑みを貼りつけて申し出た。
「よろしければ、殿下にご挨拶させていただきたく存じます。さあ、ミナンダ。殿下にご挨拶を――」
「殿下ぁ~っ! お初にお目にかかりますぅ。ミナンダ・クラグスと申しますぅ! あたくしぃ、殿下にお会いできるのを、ほんっとうに楽しみにしておりましたのぉ~っ!」
父親の促しが終わるのも待たずに、ミナンダが
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