第27話「始まりの設計図と『希望』の航路」

 天空の箱舟(アーク・ワン)での、新しい日常が始まった。


 俺とリリア、そして眠り続けるイヴの『種子』。三人だけの、静かで、しかし、確かな目的を持った日々だ。


 俺の仕事場は、巨大な自動製造プラント(ファクトリー)になった。


 埃をかぶっていた制御コンソールにスマホを接続し、管理者権限で全ての機能を叩き起こす。数千のアームが動き出し、沈黙していた炉に火が灯る。ここが、俺たちの反撃の工房だ。


「まずは、イヴの新しい『器』の設計からだ」


 俺は、ホログラムの設計画面に、イヴの新しい体の設計図を描き始めた。


 以前の彼女の姿をベースに、より戦闘に特化し、かつ、彼女の魂が安らげるような最高のボディを。SEだった頃の知識を総動員し、3Dモデリングソフトを扱うように、設計データを組み上げていく。


 素材は、このアーク・ワンに眠る、希少金属オリハルコン。魔力伝導率に優れたその金属をベースに、彼女の新しい体を作り上げる。それは、もはや兵器というより、一つの芸術品を作り上げるような、創造的な作業だった。


 一方、リリアは、船内のビオスフィアで、自分の役割を見つけていた。


 彼女は、その聖なる力で、森の動植物たちと心を通わせ、生態系そのものを活性化させていた。彼女が歩いた後には、色とりどりの花が咲き乱れる。


「タクミさん、見てください。このお花、とても強い魔力を秘めているんです」


 リリアが、一輪の、虹色に輝く花を手に、俺の元へやってきた。


「『虹光花(アイリス)』。イヴのデータベースによると、周囲の魔素を吸収し、純粋な生命エネルギーに変換する性質があるそうです。この花を、この森全体に咲かせることができれば……イヴさんを目覚めさせるための、エネルギーの足しになるかもしれません」

「本当か、リリア!」


 それは、まさに希望の光だった。俺はファクトリーの機能を使い、虹光花の育成を最適化するための、自動水やり機や、日光を模したLEDライトを開発した。俺の技術と、リリアの聖なる力。二人の力を合わせ、イヴを復活させるための準備が、着々と進んでいく。


 そして、数週間後。


 イヴの新しい体の設計図が、ついに完成した。


 以前の彼女の姿をそのままに、しかし、その内部には、ネメシスの攻撃にも耐えうる多重装甲と、俺のスマホと直接リンクし、戦闘能力を拡張できるインターフェイスを組み込んだ、最高の傑作だ。


「よし……。あとは、エネルギーだけだ」


 リリアの努力で、ビオスフィアは虹光花に満ち溢れ、アーク・ワンのエネルギー残量も、少しずつ回復していた。だが、それでも、イヴを目覚めさせるには、全く足りない。


 俺は、ブリッジの艦長席に座り、航行マップを開いた。


 イヴを復活させるための、莫大なエネルギーが眠る場所。


 そんな場所、心当たりは一つしかない。


 かつて、初代管理者が暴走し、『WorldEater_Bug』の根源となった場所。


 そして、神々の実験が、最も活発に行われていたとされる、禁断の領域。


 『魔力飽和地帯(マナ・フラッド)』。


 そこは、世界のシステムから切り離された、無法地帯だ。常に巨大な魔力の嵐が吹き荒れ、時空が歪み、強力なバグモンスターが跋扈する、まさに魔境。


 だが、その嵐の中心には、この世界の創生にも匹敵する、途方もないエネルギーが眠っていると言われている。


「……危険な賭けだ。だが、行くしかない」


 俺は、アーク・ワンの航路を、その魔力飽和地帯へと設定した。


 ブリッジの窓の外、ゆっくりと船体が向きを変え、新たな目的地へと進み始める。


 リリアが、俺の隣にそっと寄り添った。その瞳には、不安と、しかし、それ以上の強い決意が宿っていた。


「大丈夫です、タクミさん。私たちなら、きっと」

「……ああ。そうだな」


 イヴを失った悲しみは、まだ癒えない。だが、俺たちは、もう下を向いてはいなかった。


 失われた仲間を取り戻す。


 その一つの確かな『希望』が、俺たちを前へと突き動かしていた。


 俺は、設計図データの最終チェックをしながら、小さく呟いた。


「待ってろよ、イヴ。最高の体で、お前を迎えに行ってやるからな」


 神々への反逆の狼煙は、今、確かな希望の光となって、天空の箱舟の航路を、明るく照らし始めていた。

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