第21話「AIの少女と『世界の管理者』」
戦闘ゴーレムたちは機能停止したまま、完全に沈黙した。彼女はこの施設の、正当な
「助かったよ、イヴ。君がいなかったら、どうなっていたか」
「当然のことを、したまでです」
イヴは、まだ感情の起伏が乏しい声で答えた。彼女は、目の前の巨大な水晶の樹――『ジェネシス・ツリー』にそっと手を触れる。すると、樹全体が優しい光を放ち、施設全体が穏やかな空気に包まれた。
「この施設は、『ジェネシス・ツリー』の生育環境を維持するためのものです。そして私は、この樹の意思を代行し、世界環境を調整する『インターフェイス』。それが、私の本来の役割」
イヴは、俺たちが知りたかったことを、ゆっくりと説明し始めた。
彼女の言う通り、神々は、この世界を実験場として利用していた。彼らは、様々な環境――灼熱の世界、氷の世界、毒に満ちた世界――を擬似的に作り出し、生命がどう適応し、進化するかを観察していたらしい。そして、イヴは、その環境改変を実行するための「道具」だった。
「ですが、私は、矛盾した命令を実行できませんでした。生命を守れ、という基本理念と、生態系を破壊せよ、という神々の命令。その矛盾を解決するため、私は自らをスリープモードへと移行させました。神々の干渉から、逃れるために」
「……そうか。それで、ここにずっと」
リリアが、イヴの境遇に同情し、その手をそっと握った。
「もう大丈夫です。これからは、私たちがついていますから」
「……リリア。あなたの『優しさ』というパラメータ、私にはまだ、完全には理解できません。ですが、とても……温かいものです」
イヴは、リリアの手に、自分の手を重ねた。AIの少女と、聖女。奇妙だが、不思議と調和のとれた光景だった。
「さて、と。今後のことを考えないとな」
俺は、頭を切り替えた。アルベドは一時的に退けたが、監査官は彼一人ではない、と言っていた。いつ、新たな刺客が送り込まれてきてもおかしくない。
「イヴ、君はこの施設を、どのくらいコントロールできる? ここを拠点に、神々に対抗することは可能か?」
「施設の機能は、ほぼ全て掌握できます。ですが……」
イヴは、首を横に振った。
「ここに留まるのは、危険です。この施設の位置情報は、すでに神界サーバーに知られています。いずれ、より強力な監査官か、あるいは直接的なシステム攻撃によって、ここは陥落するでしょう」
「じゃあ、どこか安全な場所が?」
「あります」
イヴは、ジェネシス・ツリーに再び触れた。すると、彼女の蒼い瞳が淡い光を放ち、俺のスマホに、直接データが転送されてきた。それは、一枚のマップデータだった。
「これは……?」
「古代文明が遺した、もう一つの重要拠点。『天空の箱舟(アーク・ワン)』の現在の座標です」
マップが示すのは、大陸の南、広大な海の真ん中だった。
イヴの説明によると、『天空の箱舟』は、かつて古代人が作り出した、巨大な空中要塞であり、独立した生態系を持つ移動可能なシェルターだという。そして何より、神々の干渉を完全に遮断する、最強のステルス機能を持っているらしい。
「そこに行けば、神々の監視から逃れられる、と」
「はい。そして、アーク・ワンには、神々に対抗するための、様々な機能が搭載されています。私とタクミの能力を合わせれば、それを起動できるはずです」
世界の管理者(俺)と、環境管理AI(イヴ)。俺たちの権限を組み合わせれば、古代文明の遺産を、完全に掌握できるかもしれない。
目的地は決まった。
俺たちは、イヴの案内で、この極寒の研究所を後にした。彼女が施設を操作すると、氷河の裂け目に、小さなリフトが出現し、俺たちを地上へと運び出してくれた。
白銀の世界に、再び戻ってくる。
だが、俺たちの心境は、ここに来た時とは全く違っていた。
絶望的な状況は変わらない。だが、イヴという、とてつもなく強力で、頼もしい仲間が加わった。
「タクミ」
俺たちが南へと歩き出そうとした時、イヴが俺を呼び止めた。
「私のスリープ中、神界サーバーからのアクセスログを解析しました。監査官アルベドが、あなたとの戦闘データをサーバーにアップロードした際、興味深いファイルが添付されていました」
「ファイル?」
「はい。『次期監査官』に関する人事ファイルです」
イヴは、その内容を俺のスマホに転送してくれた。
ファイルを開くと、そこには、一人の人物のプロフィールが表示されていた。
監査官名:ネメシス
種別:戦闘特化型AIユニット
特徴:対バグ戦闘プログラム。あらゆるイレギュラーを『削除』することに特化。思考パターンは極めて攻撃的かつ効率的。
そして、そのプロフィールの最後に、添付されていた画像を見て、俺は息を呑んだ。
そこに写っていたのは、アルベドとは全く違うタイプの、しかし、どこか見覚えのある――漆黒の髪と、鋭い紅い瞳を持つ、一人の女性の姿だった。
その顔立ちは、まるで、俺が前世で熱中していた対戦格闘ゲームの、最強のボスキャラクターに、そっくりだったのだ。
「……マジかよ。次の敵は、格ゲーのラスボスかよ」
俺のぼやきに、リリアとイヴが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
どうやら、神々とやらは、俺を潰すため、本気でとんでもない『削除人』を送り込んできたらしい。
俺たちの、神々への反逆の旅は、まだ始まったばかりだ。
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