第15話「ローカルデバッグと天からの監査官」

『不正な管理者』。


 神と名乗る何者かにそう断じられ、俺のスマホは多くの機能をロックされてしまった。システム全体に干渉する【システムログ・ビューア】は警告画面でフリーズし、【プログラミング】アプリで広域パッチを適用しようにも、「権限がありません」という非情なメッセージが返ってくるだけだ。


「くそっ……! 管理者権限をロックされたか!」


 SEで言えば、本社のサーバー室から叩き出され、自分のデスクのPCしか使えなくなったようなものだ。もどかしい!


「タクミ様、森の動きがさらに活発に! このままでは、王都の外壁にまで到達する恐れが!」

「タクミさん、怪我をされた騎士の方々が……!」


 騎士の焦った報告と、リリアの悲痛な声が、俺を現実に引き戻す。そうだ、感傷に浸っている暇はない。リモートでダメなら、直接現場ローカルでデバッグするしかない。昔取った杵柄ってやつだ。


「……やり方はある。リリア、騎士団の人たちと負傷者の治癒を頼む。俺が、この森の暴走を止めてくる」

「一人で行くのですか? 危ないです!」

「大丈夫だ。俺はただのSEじゃない。この世界の、システム管理者だからな」


 俺はリリアの頭を一度だけ優しく撫でると、単身、うごめく森の中へと駆け出した。


 森の内部は、まさにカオスだった。地面は絶えず隆起し、木々が意思を持ったように枝を鞭のようにしならせて襲いかかってくる。だが、高レベルの管理者権限はロックされても、俺のスマホの基本アプリは健在だった。


「【マップ】、地形変動をリアルタイムで再計算! 【AR】、敵性オブジェクトの行動パターンを予測!」


 絶え間なく変化する森の地図を脳内に叩き込み、襲い来る木の枝の攻撃軌道を光の線として視認し、最小限の動きで避けていく。


 そして、一体の木に近づき、その幹にスマホのカメラを向けた。


「【画像解析】、実行!」


 画面に、木の内部構造が透けて表示される。その中心、根のあたりに、他の部分とは異なるエネルギーの流れを持つ『制御核』が見えた。


(すべての木に、同じ規格のコアが埋め込まれている……。なら、こいつらを統括している、大本の『サーバー』があるはずだ!)


 俺は【AR】表示を、制御核が放つエネルギーの流れを可視化するモードに切り替えた。無数の青いラインが、森の中心部の一点へと向かって収束していくのが見える。


「ビンゴだ……! あそこだな!」


 目的地は定まった。俺は、襲い来る枝を【アイテムボックス】から取り出したミスリルの短剣で斬り払いながら、森の奥へと突き進んでいく。


 数十分後、俺は森の中心にある開けた場所にたどり着いた。


 そこには、ひときわ巨大な、千年樹のような大木がそびえ立っていた。その幹には、まるで血管のように青い光の回路が走り、不気味な脈動を繰り返している。あれが、この『動く森』のメインサーバー兼コントローラーだ。


 そして、その根元を守るように、一体のゴーレムが静かに佇んでいた。


 岩と苔でできた、森と一体化したような古の守護者。


『不正ナル侵入者ヲ、検知……排除スル』


 合成音声のような声が響き、ゴーレムがゆっくりと動き出す。その巨体から放たれる圧は、アースゴーレム以上だ。


「リモートでパッチを当てられない以上、お前を倒して、直接サーバーを触るしかない、ってわけか!」


 俺は短剣を構え、突進した。ゴーレムの巨大な拳が振り下ろされる。俺はそれを紙一重でかわし、【AR】が示す弱点――胸のコアに斬りかかった。


 ガキンッ! と硬い手応え。傷は浅い。


 だが、その時だった。ゴーレムの背後から、金色の光が降り注いだ。


「えっ!?」

「タクミさん一人に、危険なことをさせるわけにはいきません!」


 リリアだった。騎士たちの応急処置を終え、俺を追いかけてきてくれたのだ。彼女の光を浴びたゴーレムの動きが、わずかに鈍る。古代遺産といえど、聖なる力は効果があるらしい。


「リリア! ナイスタイミングだ!」

「はい! 私がゴーレムの動きを抑えます!」


 リリアが援護してくれるなら、話は早い。


 俺は【アイテムボックス】から、盗賊団との戦いで使った「巨大な岩」を、ゴーレムの頭上に出現させた。


『警告。未知ノ質量攻撃ヲ……』


「食らえや、デバッグパンチ!」


 岩がゴーレムに直撃し、その巨体がよろめく。その隙に、俺は懐に飛び込み、胸のコアにミスリルの短剣を突き立てた。そして、そのままスマホの背面を、短剣の柄に押し当てる。


(【プログラミング】、起動! 広域パッチは無理でも、直接接続したオブジェクトへの、ローカルコマンドなら!)


 俺の脳内に、直接システムのコンソール画面が展開する。俺は、たった一行のコマンドを叩き込んだ。


 > forest_system.force_shutdown(true);


 俺が実行コマンドを承認した瞬間、ゴーレムの動きが完全に停止した。同時に、俺たちの周囲でうごめいていた木々が、ピタリと動きを止め、再びただの「森」へと戻っていく。


「……ふう。ミッションコンプリート、だな」


 俺が息をつくと、リリアが駆け寄ってきた。二人でハイタッチを交わし、安堵の笑みを浮かべる。


 その、背後からだった。


 パチ、パチ、パチ、と、場違いな拍手の音が響いた。


 振り返ると、そこに一人の男が立っていた。


 純白の、染み一つないスーツのような服。銀色に輝く髪。そして、その目は、俺たちを「物」として観察するような、冷たい色をしていた。


「素晴らしい。随分と原始的なデバッグ手法だが、結果だけ見れば見事と言える。感心したよ、世界の『バグ』くん」


 男は、にこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。だが、その目には何の感情も宿っていない。


「はじめまして。神界(ASGARD)より派遣された、監査官のアルベドだ」


 彼は恭しく一礼すると、顔を上げた。


「世界の管理者権限を不法に占拠する、知的生命体タクミ。および、その協力者リリア。神々の決定に従い、君たちを裁定する」


 アルベドと名乗る男の手には、俺のスマホとは違う、白く輝く板――『天使のタブレット』が握られていた。


「さあ、その汚れたデバイスを、速やかにこちらへ渡したまえ」

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